130話 スラム街へ

名もなき冒険者の街


様々な人々が行き交う大通りに、桃色の髪を左右に揺らしながら、走る小さな人影があった。

彼女は、人々の隙間を走り抜けながら辺りを見渡す。


「馬鹿じゃないの?約束なんて破る為にあるのに」


毒を吐くように呟きながら、城門を駆け抜ける。


「あのクソ女…ろくな死に方しないわ」


そして、後ろを振り向くと、


「次は上手くやるんだから」


中指を立てて、スラム街の方角へと歩みを進めようとした時だった。


「さて、案内してもらいましょうか」

「…ッ!?」


正面に現れた私に、表情を変える。


「どうやって?」

「うん?」

「どうやって、ついてきたの?」


こちらを見つめる瞳は警戒心を強めているように見えた。


「…その髪色は目立ちますからね」

「……」


冗談めかしく微笑みながら答えたのだが、警戒心は増してしまったようだ。


「わかったよ、ついてきてお姉ちゃん」


笑顔を浮かべた彼女は歩き出す。


「今度は逃げ出さないで下さいね」

「…嫌味なやつ」


冷たい瞳で笑顔を返してくる。

それに答える事なく歩き出す。


沈黙の中、スラム街を一望出来る丘を降る。

その地平線の先には、神々の境界線が空の先を遮っている。


「何をして捕まったんです?」

「あたしが可愛いからかな?ほら、見て?こんな可愛い子他にいる?」


どうも真面目に答える気はないらしい。

私は溜息を吐きながらも続ける事にする。

沈黙は苦手なのだ。


「それなら、真っ先に私が捕まるでしょうね」

「なに?対抗心?可愛いとこあるのね」


そんな言葉に思わず苦笑を浮かべてしまう。


「ちなみにお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんですよ」

「…へ?」


意表を突かれたのか、足を止めると私をまじまじと見つめてきた。


「…へんなやつ」

「そうですか?ところで名前を聞いてませんでしたね」

「おしえなーい」

「なら勝手に呼ばせて貰いますよ。…ポチで」

「…なによそれ?」


不満そうに呟く彼女に微笑む。


「…犬につける名前です」

「…あんたの名前は?」

「アリスですよ」

「ふぅん…ポチにしてやろうかと思ったのに」


そんな軽口を叩き合いながら、丘を降る。

笑顔を浮かべる彼女の口からは、まるで真実味の欠ける言葉ばかりが出てくるのだ。


だから、私も口が軽くなる。

笑顔を浮かべながら、嘘をつくのは得意なのだ。


「ほら、ここから北区だよ。案内してあげるなんて、あたしは優しいなぁ」


大通りの左のスラム街を指して言う。

それは一見して廃墟のような町並みが広がる場所だった。


いや実際に廃墟なのだろう。

所々崩れた家屋と雑草に覆われた畑や井戸が見えるからだ。


「じゃあ、ついてきなさい…ポチ」


そう言って、彼女はこちらに腕を向けると、


——バンッ!


「…!?」


閃光が弾け飛ぶと同時に轟音と爆風が巻き起こり視界が塞がった。


「…やってくれるじゃないか」


攻撃魔法というより光と爆風で目くらましを狙ったのだろう。

砂埃が晴れた頃には、少女の姿は消え去っていた。


「鬼ごっこが希望なんだな」


俺はスラム街の入り口に、足を踏み入れた。

 

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