125話 新しい武器

魔大陸 東の草原


赤黒い刃が小さな獣の首を刈り取る。

額の真ん中に長い角を生やす兎型の魔獣だ。

それらが草むらから次々と姿を現して、こちらに勢いよく突っ込んできた。


ズシャッ!


地面を抉り飛ばしながら突撃する兎型だったが、次の瞬間には魔道具に身体を貫かれ絶命する。

そして払うように、蹴り飛ばした。


「…雑魚か」


一ヶ月間と少しの休養で、奥の手を補充させた俺は魔力を解放していた。

意志の剣を身体よりも長い剣へと変形させ、回転するように薙ぎ払った。


ザシュッ!!


斬りつけられた魔物達は宙を舞うと地面に落ち、血溜まりを広げる。


「ふぅ」


その光景を見下ろし、軽く息を吐く。

そんな時だ。


「わぁ!お肉がいっぱい!」


声に目を向けると、少女が嬉しそうにはしゃいでいた。

その隣では他の子供達も目を輝かせながら、籠に兎を詰め込んでいく。


…確かにこれは楽だな。


そんな姿を眺めながら、再び歩き始めた。


「…意志の剣か」


銀細工の筒の中に戻った液体を揺らす。

それは便利な魔道具だった。

短剣に長剣、望む形に姿を変えるのだ。


「…これは出来るか?」


サーチ魔法を周囲に放つ。

それはすぐに魔物の気配を探知した。

赤黒い液体を空中に振り撒く。


——魔導錬成


呪文のように心の中で呟くとイメージを浮かべた。

空中で渦を描くようにして液体が集まりだす。

やがてそれは無数の短剣に変化していった。


「…血の雨を降らせ」


——ブラッディレイン


静かに言葉を発した瞬間に降り注ぐ無数の刃。


グサッ!ドスッ!ブシッ!ザクッ!!


それらは捉えた魔物達を正確に串刺しにした。


ギィィ!?ギィー!ギギィー!


周囲から断末魔だけが響く中、青い血が舞い散る。

だが、俺は手元に戻る液体を眺めていた。


「人間は恐ろしいな…」


こんな武器まで作り出してしまうのだ。

いや、こんな武器など可愛い方だろう。

俺は知っているのだ。


ガァァァァアアア!!


「…うん?」


そんな咆哮が響き渡ると、大気が震える。

見上げれば血の匂いに誘われたのか、大きな翼をはためかせる魔物が頭上を飛んでいた。


「ワイバーンだ!」

「食べられちゃうよ!?」


それを見た子供達は一斉に走り出す。

そして、草むらに隠れるように身を屈めた。


「…ワイバーン」


その体躯は大人三人分ほどもありそうだ。

優雅に空中を旋回する姿は獲物を探しているようにも見える。


——トン


右手に柔らかい感触を覚える。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


目を向けると、そこには幼い少女が俺を見上げていた。

その瞳は怯える事もなく真っ直ぐだ。


——なに?仕事?


それは血に染まった服を着た茶髪の少女だった。


感情の読み取り難い無表情な彼女は俺を見つめると手を掴んでいる。

その手の平からは温もりを感じた気がした。

だが、その青い瞳の色は冷たいままだ。


「…ああ、問題ない」


彼女の環境に同情するように、その小さな頭に触れる。


どんな光景を見続けたら、こんな顔に、こんな瞳になるんだろうな。


そんな事を思いながらも、ゆっくりと手を離した。


——魔導錬成


「…弱いってのは罪だな」


遠い昔の自分を、幼い少女に重ねて呟く。

力を手に出来なかったら…。

こんな環境に生まれ落ちたら…。


俺も彼女のような顔になっていただろうか?


右手を空に向ける。

すると意思の剣が再び形を作った。

それは、人間が生み出した悪意の塊だ。


右手を完全に包むその筒形の武器は禍々しく黒く光り、銃口が無数に分かれていて複雑な形をしている。

この世界の人々には、異様なものに見えるかもしれない。


「喰らいなッ」


自嘲気味に笑うとガトリング砲に魔力を込めた。


ガガガガガッ!!!


回転する銃身から、けたたましい銃声音が鳴り響くと凄まじい速度で、魔力弾が撃ち出される。


放たれた黒弾は空を穿つ。


まるで光のような速さの弾丸は、空気の壁を貫く音を響かせながら、空中のワイバーンを撃ち抜いていくのだった。


ドドドドンッ!!!ドッドドドッ!!!!


連続的な炸裂音が響く度に、赤黒い塊が飛び散っていく。


ガガガガッ!ドォォンッ!!


衝撃が地面を震わせる。

やがて、肉片へと四散したワイバーンだった塊は力なく地に落ちたのだった。


「…剣なんて可愛いもんだよなぁ」


これは戦争の歴史を変える悪魔の兵器なのだ。


「…お姉ちゃん、凄い」


幼い少女の瞳が輝き出す。

それに釣られるように他の子供達も集まってきた。

茶髪の少女に目線を向ける。


「俺はお兄ちゃんだ。間違えるなよ」


優しく笑いかける。

しかし、少女は不思議そうに首を傾げていた。


「まだ稼ぐからな、拾いに来いよ」


少女達に声だけを残すと再び歩き出した。

もう日は沈みかけており、茜色の空は薄っすらと闇に溶けている。


——こいつらの事は忘れてこの先を駆け回りな


——いつまで狩ればいいのです?


——疲れるまでさ


…まだだ。


まだ殺し足りない。

暴れたりない。


「あぁ、魔大陸は楽しいなぁ」


血肉に誘われて、大小様々な魔物が俺を囲んでいた。

気づけば夜は更け、子供達の姿は消えている。


赤き月が頭上に浮かぶ中、静かな風音と断末魔だけが響き渡る。

死臭を放つ魔物の山の上で座り込む俺の元へ、見知った気配が現れるのを感じた。


「…帰ってこないと思ったら、これかよ」

「…ああ、シャロンか」


振り向いた俺と視線が交差すると、彼女は眉を寄せて溜め息を吐いた。


「その顔はやめな。街に入れないぜ」

「…顔?」


口元に手を当てるがよくわからない。

ああ、もしかして笑っているのだろうか?


「相変わらずバケモンだな」


周囲の死骸を見てシャロンは苦笑する。


「そうみたいだな」


この世界は肌に合っているのだ。

破壊衝動がまだ渦巻いている。


のだか、


——バチッ!!


そんな音と同時に頭を叩かれた。


「…その口調はやめろ…アリスじゃねぇみたいだ」


頭をさすりながら、彼女を見上げる。

…悲しそうな顔をしていた。


俺じゃない?

これが本来の…。

…いや、そうか…そうだよな。


深く深呼吸すると立ち上がる。


「少し気分がよくなっていたみたいです」


そんな俺を見て安心したのか、彼女の顔が少しだけ綻んだ気がした。


「帰って酒でも飲もうぜ」

「良いですけど、この魔物は?」


山のように積み上げられた魔物の亡骸を指差して尋ねる。

シャロンは呆れたように肩を竦めた。


「解体場の親父に言っとけば、あとは明日やるだろ」


それだけ告げると、さっさと歩き出してしまう。

私もその後に続くように街へと向かうのだった。


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