123話 我が家

始まりの街エルハーム


白銀の城壁に囲まれた要塞都市はそう呼ばれていた。

そして、その横に隣接した冒険者の街。

名もなきその街は、要塞都市と共に広大な丘の上に築かれている。


そして、アルマ王国がゼロス同盟に援軍要請を出した事で、過密した冒険者の人口は寝床という問題を抱えていた。


「だからってねぇ…」

「……」


今、私達の目の前には一軒の木造住宅が建っている。

いや、その外観を見る限りは廃墟と言った方がしっくり来るだろう。

 

2階建ての家は外壁に蔓草が巻きつき、割れた窓から雑草が伸び放題になっている。

今にも崩れそうであり、廃屋と言われても納得する程の荒れ具合だった。


カミラは呆然と立ち尽くすと、そんな借家を静かに見つめていた。


「なぁ、また無理難題を吹っかけたんじゃ無いよな?」

「…うぅ」


彼女の肩を叩いたシャロンは、その顔を覗き込みながら声をかけた。

心当たりがあるのか、珍しく小さく唸る。


その様子を見ながら苦笑いを浮かべる。


…強引に借りたんだろうなぁ。


そんな事を考えているとカミラが顔を上げた。

私達を睨みつけながら言い放つ。


「ないはずないわって言っただけよ!」

「…はは」

「笑うな…」


シャロンの乾いた笑いに、力なく呟くカミラだった。


「まあ、スライムの死骸に囲まれて寝た時を思い出せばマシだな」

「…貴方、何と比較してるのよ」


そんな二人の会話を聞き流しながら、扉を押し開く。


ギギィー……ガタンッ!

ガタッ……ガタガタ。


…まあ、見た目通りですね。


心の中で納得しながら、埃っぽい家の中を見回す。

そこはリビングだろうか。

大きなテーブルが一つ置いてあるだけだった。


「…広いわね」


カミラは興味深げに呟くと、二階に続く階段を登る。


「部屋は三つあるわ。お風呂はどこかしら?」


二階から彼女の声が響いてきた。

木造住宅な為、その声はよく反響する。


「風呂はこっちにあるぞ」


リビングの奥から顔を覗かせたシャロンが声を上げる。


どうやら一階がリビングと風呂とトイレ。

二階は三つの個室になっているようだった。


だが、蔓草に侵食された壁にはヒビが入り剥がれ落ちている。

屋根の隙間から陽の光が差し込み、床に散乱する塵を照らし出していた。

そんな光景を目にして溜息を漏らす。


「…アリス、掃除の魔法なんてあるか?」

「そんな便利な魔法があれば、教えを乞いたい気分ですね」


どう考えても、廃墟を吹き飛ばす未来しか見えない。


「更地にして建て直そうかしら?」

「どうやって建てるんだ?」

「…土の家くらいなら作れますよ」


カミラの呟きに提案する。

遠い昔に建てた事があるのだ。


「へぇ、風呂もトイレもか?」


ただ、


「いえ、雨が降れば潰れる土の箱です」

「…それは、家ではないわね」


冷静に突っ込む彼女を見て、苦笑を浮かべるしかない。


「とりあえず、こいつをどうにかするか」


同じく苦笑いを浮かべたシャロンは、蔓草を掴むと、強引に引き剥がし始めた。


メキ……ベキベキッ!!


「あっ、やべぇ…」


引き抜いたのは蔓草だけではなく、木の板まで破壊してしまったらしい。

そんな無様な様子を眺めていた私は思うのだ。


…無理じゃね?


「…もういいわ。ギルドを通して大工を手配しましょう」

 

諦めた様に告げる言葉に私達は頷く。

むしろ、最初からそうして欲しかったのだが、


「…という事で、今から魔物を狩って稼いできてくれる?」

「…はい?」

 

突然の発言に間抜けな返事をしてしまう。


「なんでだよ」


しかし、不満そうな声を上げたのはシャロンだ。


「…お金はあるのかしら?」

「「……」」


宵越しの金を持たないのが、冒険者の矜持とだけ言っておこう。


「おまえは…」

「出すわよ、三等分ですもの。それとも大部屋で雑魚寝を探すのかしら?」

「カミラさんも?」

「私はギルドで寝るわ…不服だけどね」


諦めた私達は、家を飛び出す。


「あいつマジ鬼だ!」

「…同意します」


本当に冒険者らしい初日が始まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る