119話 始まり
夢喰いの大穴 下層部?
切り立った壁に、魔法で生成した鎖を打ち込む。
「…重くねぇのか?」
「私が、あの鉄の塊を重そうにしてましたか?」
空中に吊られた私は、シャロンを背中に固定すると魔法の鎖で垂直に登っていた。
既に奈落の底は、遥か下に見える。
私は魔力を流し続けると、重力を無視するように加速しながら上昇を続けた。
「落ちねぇだろうな?」
「暴れないで下さいよ」
鎖は複数に放ってあるから、万が一という事はないだろう。
打ち込んだ場所まで登り切ると、また上層へと向けて、魔法を放つ。
「…デタラメなやつだな」
そんな私の後ろで、呆れたように呟いた。
「行き止まりに出会わない事を祈ってますよ」
登る前に魔法を打ち上げて、確認はしている。
ここがもっとも可能性がありそうな場所なのだ。
「…なぁ」
シャロンはそう言いかけて、言葉を切った。
「何ですか?」
私の問いかけに、しばらく黙り込む。
「…なんでもねぇよ」
その表情は伺えないが、彼女が不安を抱えている事が伝わってきた。
「何でもないって言う時ほど、そうじゃないんですよ?」
「うるせぇな、なんでもねぇって言ってんだろ?」
「あっ、ちょっと!?暴れないで下さいよ!」
そんな静かで馬鹿な時間が、ゆっくりと過ぎ去っていく。
…
……
………
「ア…リス」
…なん…ですか?
「おい!起きろよ」
シャロンの呼び声で目が覚める。
「あれ?ここは…」
「寝ぼけてんのか?」
見渡せば、豪華な魔導列車の中だ。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
「…夢を見てました」
一ヶ月前の夢だ。
あれから崖を登り続けて、私達は中層部第四階層に辿り着いた。
目の前には、あの場所で休憩を取るアルスとルナの姿。
崖から這い出る私達を見て、随分と驚いていた。
そして、ギルドに報告に戻る。
竜種の事は伏せておいた。
死体がなければ金にならないどころか、確実に面倒な事になると、シャロンが提案したのだ。
私は魔族…下手をすれば、実験室行きだそうだ。
人間に拘束できるとは思えないが、やつらは恐ろしい生き物なのだ。
今でなくても、いつかその日がやってくるのだ。
だから、色々な事を伏せて報告した。
ただ唯一、誤魔化せなかったランク86という事実。
その驚愕の数字は、魔大陸行きの優先切符と共に、カミラを専属職員として派遣される。
おそらくお目付役なのだろう。
そして、
「夢ねぇ…そんな事より魔大陸に着くぜ?」
「やっとですか」
大きく背伸びをすると、岩肌を彩る窓枠を見る。
やがて、その見飽きた景色に色が灯り、光が差し込む。
窓を開けると、外に上半身を乗り出した。
遠くに、魔大陸の街が見えてくる。
風に吹かれ、ザワつく木々の葉音が聞こえると、開けた窓から木の葉が落ちてきた。
「…ここから始まるんだなぁ」
感慨深く外の風景を眺める。
これから待ち受ける冒険に、少年のように心を踊らせるのだった。
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