118話 魔導列車
一ヶ月後
私の視界は、目まぐるしく変化していた。
もっとも、雄大な自然の美しさのような景色ではない。
ただの岩壁だ。
窓枠が額縁のように彩られているが、そんな景色を眺めていても、楽しいものではなかった。
「…なんで私が…なんで…」
向かい合って座る対面には、ギルド職員のカミラの姿。
ここは魔大陸に向かう魔導列車の中だった。
そして、今の空気は最悪だ。
列車に乗り込んで、一日経つというのに、カミラの愚痴がまだ治らないのだ。
彼女は魔大陸帰りの準男爵。
その功績を元に、後方支援を申請してようやく念願叶って、冒険者の街へ配属された。
だが、不運な事に彼女は私達と出会ってしまった。
「…仕方ないんじゃないですか?」
私はそんな軽口を叩くが、それが火に油に注ぐ結果となる。
「仕方ない?貴方達が来なければ、私はあそこで勤務したままだったのだけど?」
殺気のこもった瞳で、足を軽く蹴られる。
彼女の魔法は危険すぎるので、これでも可愛いものだ。
「だいたいどうやったら、ランク86になるのかしら?」
ランク86。
カミラが魔大陸行きになった原因だ。
「…何度も説明しましたよね?」
——それは一ヶ月程前
…
……
………
「…冗談はやめてくださいよ」
心臓の止まったシャロンに語りかける。
だが、彼女の反応はなかった。
それでも、魂の器に魔力を流し続けて、傷を修復していく。
光の粒子が集まると、シャロンの左肩から先が再生を始めた。
抉られた腹部の傷もまるでなかったかのように、白い肌が現れる。
これは回復魔法ではない。
治すという過程の中途半端な科学的知識が邪魔をして、回復魔法は使えなかったのだ。
これは魂魄魔法。
生まれた時から存在する魂の器に働きかける魔法なのだ。
その器には人体の設計図が入っていると、クロードは言っていた。
だから、魂の器に願いと魔力を込めるのだ。
「…シャロン?」
全ての治療を終えて、彼女に呼びかける。
人はいつ死ぬのだろうか?
心臓の鼓動が止まった時か?
誰かの記憶から消えた時か?
その答えは、まだ誰も知らない。
だから、願いを込めて、魔力を注いだ。
「……」
彼女の瞼が僅かに動く。
「…あぁ、ここは…どこだ?」
記憶が混濁した状態で目を覚ますと、シャロンは起き上がる。
思わず、彼女を抱きしめた。
「…なんだよ、痛ぇな」
彼女は、状況を確認するために、辺りを見渡す。
そして、自分が死にかけた事を思い出すと苦笑いを浮かべた。
「まさか、竜種をやっちまったのか?」
「…ええ」
「…はははッ…マジかよ…」
彼女の笑顔が眩しい。
当たり前の日常を、まだ失わずに済んだのだ。
「…なぁ?死体はどこだよ。竜種なんて狩られた事ねぇから、とんでもねぇ金になるぞ?」
「…へぇ」
死にかけたというのに、眩しい笑顔を放つ。
実に彼女らしい。
そして、そんな期待を込めた眼差しを、私は苦笑いで返す。
「おいおい、独り占めはねぇだろ?金貨何十万枚になるかわからねぇんだぜ?俺にも分前をよぉ」
そう言って、肩に手を置くと私を押し倒した。
突然のことに抵抗出来ずに、そのまま仰向けに倒れ込む。
「消し飛ばしました…」
「…は?」
視線を逸らす私に、間抜けな声を出すシャロン。
その顔は引き攣っている。
「ああ、消し飛ばしたか…」
シャロンはゆっくりと身体を起こすと、私から離れていく。
「…夢だな、うん、夢だ」
そして、現実逃避のような言葉を呟く。
もっとも、意識を失っていたのだ。
夢でも変わりないだろう。
「それより、帰り道について試したい事があるのですが…」
私の提案にシャロンは苦笑いを浮かべるのだった。
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