117話 短い冒険の終幕

——飲みに行こうぜ


対等に笑い合える友人が欲しかった。


——おまえ、モテないだろ?


馬鹿騒ぎができる友人が欲しかった。


——ばーか


軽口を言い合える友人が…


…そいつが今、目の前で死にかけている。


俺には、助けられる力があるのにだ。

背後で叫びながら、邪魔するやつのせいだ。


…殺す。


「…アリ…ス?」

 

魔力を流し続けたおかげで、死の淵から一歩脱出したシャロンが私を探すように囁く。


だが、死の淵から一歩出ただけで、彼女の左肩から先は吹き飛び、その瞳は焦点が合っていないのだ。


「…ここにいますよ」


背後では、黒竜の迫る気配を感じていた。


「…馬鹿だ…な…置いて…けよ」

 

その声色は弱々しいが、明確な意思を示していた。

だから、私は、


「友人を置いてく馬鹿が、どこにいるんですか?」


彼女の返事を待たずに、立ち上がる。

黒竜から受けたダメージは、濃い魔素のおかげで回復していた。


咆哮と共に、黒竜の放った魔力の塊が一直線に飛来する。


「…どけよ」


——ドオオオオンッ!


明確な意思を魔素に伝えると、空中で放たれた魔力が爆発した。


「…どけよ」


——ドゴオオオンッ!


次は黒竜に向けて、魔素を放つ。

その度に巨体がよろめくが、まだ倒せないようだ。

怒りが込み上げてくる。


——ドオオンッ!


三度目で、黒竜の身体が地面に沈む。

だが、その程度で黒竜の歩みは止まらない。

弱い自分に、苛立ちが込み上げてくる。


「クソトカゲが…」


私の身体を、黒いオーラが包み込む。

それは、怒りを具現化しているような禍々しさだ。


「……」


右手を見ると、その不思議な現象を、じっと見つめる。

その指先からは、黒いオーラが放電するかのようにバチバチと音を立てて、光を放っていた。


「…試すか?」

 

その言葉を皮切りに、視界に黒竜が映り込む。

右手を前に出すと魔力を込めた。


漆黒のオーラが球体のように膨れ上がると、圧縮され始める。

まるで風船のように収縮されていく中、空気を震わせる程の轟音が響く。


「…死ね」


明確な意思を込めて、その圧縮された魔力を黒竜へと放つ。

黒竜も口を大きく開けると、私の球体の何十倍もある魔力の塊を放った。


——ゴオオオッ!


私の魔力と黒竜の魔力がぶつかり合う。

だが、拮抗する事なく黒い球体が全てを吸い込むように飲み込むと、周囲の魔素も取り込んで、黒竜の巨体へと触れた。


圧縮された漆黒の球は一気に膨張すると黒竜を飲み込む。

周囲の空間が歪む。


——グチャッ!バキッ!! ギャオオォ…


黒竜の肉体を蹂躙するような、生々しい音と断末魔。


やがて収束すると、そこには何も残っていなかった…。


あまりの威力に、右手を見るのたが、黒いオーラは霧散しており、いつもの可愛らい指がそこにあった。


「……」


振り返り、倒れたままの彼女に駆け寄る。


「シャロン、終わりましたよ」

 

胸に手を当てて、魂の器に魔力を流す。

シャロンの返事はない。


「…シャロン?」

 

彼女は動かない。


「…冗談はやめてくださいよ」


だが、心臓の鼓動は感じられなかった。

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