116話 化け物vs化け物

夢喰いの大穴 下層部


黒竜の放った魔法は、凄まじい速度で飛来する。

それは一直線に、こちらに向かってきた。


——魔装…錬成


シャロンが何かを呟いたと同時に、私達の立っていた場所に、それは着弾した。

激しい爆風が巻き起こり、身体を後方へと吹き飛ばす。

 

「……ッ!」

 

私は飛ばされた勢いのまま、身体を捻ると、壁に勢いよく着地した。

だが、その衝撃で壁が崩れ、足場が崩壊する。

 

眼下では、黒竜が魔力を充填し始めていた。

私は、シャロンの姿を探そうと辺りを見回すが、砂埃が邪魔をして見当たらない。

 

「…シャロン?」

 

そう呟いた時、次弾が放たれた。

咄嵯に身体強化を身体にかけると、回避に意識を向けるのだが、


「弾けろッ!」


砂埃の中、叫ぶシャロンの姿。

その全身は、魔力の鎧に覆われている。


そして、黒竜の放った一撃は、彼女の叫び声と共に現れた魔法障壁に阻まれ、周囲に衝撃波を撒き散らすと霧散した。


「生きてるな?」

「それが切り札ですか?」

「ああ、笑っちまうくらいダセェだろ?」

 

自嘲気味に笑うシャロン。

全身を包み込むように、纏わりつく魔力の鎧。


「…女騎士みたいで、カッコいいですよ?」

 

だが、悪くはなかった。


「そうかぁ?」

 

私の言葉に、彼女は少し照れ臭そうに頬を掻く。

 

「無駄口を、叩いてる余裕はなかったな…」


黒竜の砲撃が、魔法障壁にまた当たったようで、轟音と衝撃波と共にガラガラと岩壁の一部が崩落してくる。

 

「期待させてわりぃが…俺はもう限界だ」

 

その言葉どおり、その額からは汗が滲み出ていた。

 

「私がなんとかしますよ…」

「無理だ、やめとけって言っても…聞かねぇもんな」

 

その刹那、黒竜のブレスが、また彼女の展開した防御魔法を砕こうとしてくる。


「…好きにしな…もう逃げれそうもねぇしな」

「…魔族を舐めないで下さいね?」


私がいつもの軽口を叩くと、シャロンは力無く笑った。


…急ぎますか。


その余裕の無さを見て、私は大地を蹴ると空中へと躍り出る。


——グオオオンッ!

 

眼下には、怒号を上げる黒竜の姿。

私は右手に魔力を込める。


「たかが、デカいトカゲじゃないですかッ!」


そして、全てを両断する刀を頭部に目掛けて、振り下ろした。


——ズドンッ!


空気を引き裂き、黒竜へと向かっていった不可視の斬撃魔法。


全てを斬り落とす斬撃魔法…私の一撃必殺。


それが初めて、今まさに初めて、あり得ない音を響かせると、黒竜の身体に弾かれた。


「嘘だろ…」


私の必殺の一撃は、鱗一枚剥がす事が出来なかったのだ。

黒竜の視線が、上空から落ちてくる私に向けられる。

 

その瞬間、私を狙って黒竜の巨大な爪が襲ってきた。

その巨大な爪はまるで、鉄槌のように打ち付けられてくる。


——ゴッ!


それは腹部に直撃すると、そのまま壁まで弾き飛ばした。


——バキィッ!


「…ッ!」


身体が壁にめり込み、頭上からは壁の残骸が降り注ぐ。


「…ぐッ」


激痛に、一瞬意識が遠のく。

爪が身体を貫く事はなかったが、とてつもない衝撃だった。

 

「トカゲのくせに…やってくれますね…」

 

悪態を吐くと立ち上がる。

まだ、戦える。


だが、必殺の一撃が通用しなかった。

なぜだ?

そう思った矢先だった。


「アリス!」


近くでシャロンの叫び声が聞こえたかと思えば、眩い光と共に景色が吹き飛ぶ。

 

「ぐあぁぁぁっ!」

 

視界全てが真っ白に染まり、鼓膜を突き破る程の爆音が鳴り響く。

黒竜の砲撃が、直撃したのだ。

上下の感覚を失ったまま、気づけば私は地面に打ち付けられていた。


口から溢れ出す血反吐に、自分にまともにダメージを与えるのは、アイリス以来だと思い出す。

頭の中で、何かが弾ける音を感じる。


「くくくくくッ」

 

俺は笑いながら立ち上がると、血の混じる唾を吐いた。


必殺の一撃が通じない?

だから、なんだ?


いつからこんな当たり前に、慣れてしまったんだ?

求めていたのは、こういう化け物との戦いだろ?


「…調子に乗るなよ、トカゲヤロー」


右手に魔力を込めると、黒竜に向かって薙ぎ払う。

そして、それが当たる瞬間を見逃さなかった。


黒竜の身体に斬り込まれた一撃は、ヤツの魔力と相殺して、衝撃波に変わったのだ。


また腕を薙ぎ払う。

黒竜の身体が、横に弾かれる。


次は、頭上から叩き斬るが、ヤツの身体は沈み込むだけだ。


「…なるほどね…化け物が」


どういう原理かはわからないが、黒竜には魔法に乗せた効果ではなく、単純な魔力に変換されて当たっているように見えた。


俺は右手を黒竜に向けて、掲げる。

そして、周囲の魔素を集めると、


「…くれてやるよ」


魔力の塊として放出した。


——ゴゥッ!


黒竜の巨体が、洞窟の壁を突き破りながら吹き飛んだ。


「さて、どうやって料理してやろうか?」


俺は嫌な笑みを浮かべる。

そんな時だった。


「…楽しそうじゃ…ねぇか…俺も…混ぜろよ」


力無い声が響く。

声の主を探せば、少し先にシャロンが仰向けで倒れていた。


そして、その周りには血溜まりが…。


「シャロン!?」

 

駆け寄ると、彼女を抱き起こす。

胸元から腹にかけて大きく裂けており、出血が酷い。

 

シャロンの左腕は、肩から先が消えていた。

昂った感情が、破壊衝動が一気に鎮まっていく。


…早く、治療をしないと。

 

焦る私とは裏腹に、シャロンは笑っていた。


「俺は…ここまでみてぇ…だ」

「大丈夫、治すから…」

 

私は彼女の胸に手を当てると、魂の器に魔力を流した。

だが、傷口が深すぎる。

再生よりも早く、彼女の魂が削られていく。


「…行けよ」

 

虚な瞳のシャロンが、短く呟いた。

 

「…嫌だ」

「明日に…思い残すこと…は…今日までに…やってきてん…だよ」


それは、生き様を語るように、力強く弱々しい声色だった。


「おま…えとの日々…悪く…なかった…ぜ」

 

その瞳からは色が抜けていく。


「…行け…よ」

「…嫌だ」

「はは…足手まといは…置いてく…んじゃ…なかったの…かよ」

 

瞳の焦点が合わないまま、彼女は微笑む。


…また繰り返した。


——おい!?ボケっとすんな!逃げるぞ!


あの時、シャロンの言う通りにしていれば…。


人間はモロいのだ…。

すぐに死ぬのだ。


私は、彼女の魂の器に魔力を流し続ける。

全てが元通りなるという意思を、送り続ける。


だが、


——ギャオォオオンッ!

 

遠くから聞こえてくる雄叫び。

黒竜の気配が、振動と共に感じられる。

怒りで肩が震える。


…うるせぇよ


——ギャオォオオンッ!


…邪魔するなよ


——ギャオォオオンッ!


…友達が死にそうなんだよ!


やり場のない怒りが爆発しそうになる。


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