115話 最悪との遭遇

夢喰いの大穴 下層部


そこはまるで地獄のような光景が広がっていた。

赤茶色の大地は怪しく光り輝き、巨大な横穴を抜けたと思えば、天井の見えない吹き抜けの空間へと変わるのだ。


そして、私達の身体が小さくなったと錯覚するような巨大生物達。

魔物の王国と呼ぶべき、世界が広がっていた。


「アホみてぇに広いなぁ」

「そうですね」

 

私達は、襲い掛かってきた鼠のような魔物を斬り捨てながら、進む。


「アリスは、何日食わなくても大丈夫だ?」

 

私より大きな鼠の亡骸を見ながら、シャロンは尋ねた。

 

「三食おやつ付きを、心がけてましたので」

 

私の軽口に彼女は呆れた顔をすると、少しだけ考えるような仕草をする。

 

「魔大陸で生き残るコツなんだがな…」

 

そう言い出した彼女の視線は、鼠に向けられていた。

その言葉の意味を理解し、私は口元に精一杯の笑みを作る。

 

「嫌ですよ?嫌ですからね?」

「…はぁ、まあ、腹が減ったら考えるか」


その言葉に、私は内心ほっと息を吐き出した。

早く離れたいとばかりに、先を急ぐ。

 

魔石を抜き出す、気力も余裕もない。

余計な荷物は、既に捨てていた。


——ズシィンッ!


洞窟内に振動が響く。

パラパラと小石の欠片が落ちてくると、地面が微かに揺れる。


「…地震?」

「揺れたな…」


シャロンは、警戒するように辺りを見渡す。

私も見渡すが、特に変わった様子はなかった。


「そういえば体調はどうです?」

「悪くないっていうか、調子がいいな」

 

その言葉通り、顔色は戻っていた。


やはり、魔力を吸われていたのだろうか?


「それより、出れると思うか?」

 

彼女の疑問に、私は顎に手を当てる。

 

「マッピングはしてますよ、兆しはないですけどね」


私は、この空間に違和感を感じていた。

第五階層とここが、繋がっているような気配がないのだ。


もし繋がっているとすれば…。


天井を見上げる。


「どうした?」

「…いえ、なんでもないです」


そう言って、また歩き出した時だった。


——ズシィイインッ!

 

先程より強く響いた轟音と揺れ。


「近いな」

 

シャロンの言葉と同時に、洞窟の奥から無数の砂埃が舞う。

 

「おいおい…」

「数が多いですね」


それは、魔物の大群だった。

巨大な蜘蛛やムカデに似た魔物達が、押し寄せてきたのだ。

 

「めんどくせぇなぁ」

「まったくですね」


何かに向かって、一目散に進んでくる大群の先頭を眺める。


私は右手に魔力を込めると、遠くに見えるそれらを薙ぎ払った。

魔物達の脚が止まり、身体がズレるように崩れ落ちる。


「…カミラに似てるが、範囲が広いか」

 

シャロンは、目の前で起こっている現象を見ながら、ポツリと呟いた。

 

「こんなに何度も見せる事は、ないんですけどね」

「ヤバすぎて感覚が狂っちまうぜ。まさか、今まで本気の欠片も見せてなかったなんてな」


彼女は楽しげに笑う。

人は理解の範囲を超えたものを見た時は、笑うしかないのかもしれない。


そんな事を考えながら、次に進む方向を見るのだが、


——ギャオォオオンッ!

 

「今度は何だ!?」

 

大量の魔物が現れた方向から、とてつもない雄叫びが響き渡る。

思わず耳を塞いでしまうほどの音量だった。


——ズシィイインッ!


そして、雄叫びの後を追うように再び響く地鳴り。


…これは…地震じゃない?


「…来るぞッ!」

 

シャロンが叫ぶと同時に、奥から巨大な黒い塊が現れる。

今まで見た中でも、飛び抜けて大きい生物だ。


それは黒く濁った眼球に赤い瞳孔を持ち、口には長い牙が見えている。

爬虫類を思わせる身体は、一言で言えば馬鹿デカいトカゲだ。


ただ特徴的な翼を生やしていた。


「…最悪だ…竜種かよ」


シャロンの呟きに反応するかのように、そいつは尻尾を鞭のように地面に叩きつけた。


「…竜種?ドラゴン?」


私は初めて見るお伽噺の生物に、目を輝かせた。

 

「おい!?ボケっとすんな!逃げるぞ!」

 

彼女が慌てて、私の手を引く。

だが、私の足は止まっている。


好奇心が勝ってしまっていたのだ。


「おい!?アリス!?」


——ギャオォオオンッ!


そして、私達を捉えた黒い竜は口を開け、魔力の塊を放ってきたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る