114話 落下

夢喰いの大穴 ???


奥の手を解除した私は、全身に魔力を送り込む。

瞳に魔力を集中させ、視界を広げる。


「……」


深紅に瞳を染める私の姿に、隣に立つシャロンは一瞬表情を変えるが、何も言わなかった。


——その目は、見せない方が良いわ。わかる人にはわかるから


彼女は、魔大陸帰りの貴族。

私が人とは違う何かだと、わかっただろう。


「…完璧な擬態ですね」


魔力の流れを見通す魔眼を使っても、ただの洞窟内にしか見えないのだ。


私は、右手に魔力を込めた。


「…シャロン後ろに下がって」


この魔法は範囲内なら、全て斬ってしまうのだ。


私の言葉に彼女は黙って、後ろに下がる。


その目は、これから何が起こるか楽しみにしているような、好戦的な光を宿していた。

切り札を、見定めるような視線でもある。


私は小さく息を吐き出すと、魔力を解放する。

そして、壁を斬り裂くように腕を薙ぎ払った。


シャロンは私が何をしたか理解できないようで、壁の方を見ながら首を傾げた。


——ギャアォオオオンンッ!!!

 

洞窟内の至る所から響き渡る甲高い断末魔。

そして、壁内が震え始める。

 

空間が切り取られたように、断層が縦にズレると、


「うおッ!?」

「わッ!?」


落ちる寸前に感じたのは浮遊感だった。


中から輪切りにされ、滑り落ちる魔物の体内の隙間から、外の景色が現れる。

それは崖のように切り立った壁だった。


体内から、放り出された私達は、真っ逆さまに奈落の底へ落ちて行く。

上を見上げれば、垂直に伸びる大穴の壁と、ぶら下がる巨大な魔物の半身。


その姿は、巨大な芋虫のようだった。

先ほど聞いた雄叫びは、この魔物の鳴き声なのかもしれない。


下を見れば、切り落とされた半身が私達と一緒に落ちていく。

シャロンは、空中で私の手を掴むと、引き寄せるように引っ張る。


「おいッ、斬るなら考えて斬りやがれッ!」

「いやぁ、まさか空洞化した穴にぶら下がってるとは思わなくてですね…」


彼女の抗議の声に、私はバツの悪い顔で頬を掻く。


…まさか、外側が深い縦穴に繋がってるとか誰が思います?


そんな事を考えている今も、私達は重力に従うまま、落ち続けている。


「それより、このままだと死にますよ?」

「ああ、なんとかするさッ!」

 

私の問いに、彼女は自信ありげに叫んだ。


…どうやって? とは聞かない。

 

奈落の底が、姿を現しているのだ。


——魔導錬成


シャロンは私の小さな身体を片手で抱き抱えると、空いた左手で壁に向かって、何かを投げつけた。

それは鎖のように見えたが、次の瞬間、閃光が走る。


——ドオオォン!

 

激しい爆音が響いた。


「舌噛むんじゃねえぞ!」


同時に急ブレーキのような衝撃が襲いかかるが、彼女は気にする事なく左手を伸ばしている。

その先に伸びた鎖は、壁に突き刺さり、私達の身体を振り子のように、勢いよく壁に叩きつけた。


そして、そのまま滑るように壁を降っていく。

彼女の方を振り返れば、その手に掴んだ魔力の鎖をゆっくりと伸ばして降下させている。


「…大丈夫ですか?」

 

私は地面に足を下ろすと、彼女に尋ねる。

 

「ああ、問題ないぜ。それにしても、とんでもない所に落ちちまったな…」


辺り一面に広がる岩肌が露出した赤茶色の大地。

それらは怪しく光り輝いている。


「魔素の濃さが異常ですね」


私は魔力が空気中に充満している事に気がついた。


「魔族ってのは便利なんだな」

「……」

 

知られたくない秘密を、何のことはないように呟く彼女。

こちらの大陸に、魔族はいないのだ。

 

私は、それをどういう認識で見られるかわからず恐れた。

人と認識されて過ごした方が、良いに決まってるのだ。


私には、その名に相応しい力があるのだから。


「…私が怖くないのですか?」

「…怖い?ああ、確かにやべぇのもいるからなぁ」


私の質問に、彼女は苦笑いを浮かべながら、そう答えた。

その目を見てもわかる。

彼女は嘘を言ってるわけじゃない。

おそらく、魔大陸で出会った事があるのだろう。


思案する私の顔を見て、彼女は腕を伸ばす。


——パチンッ


指で額を弾かれる。


「なんですか?いきなり…」

 

私は額を抑え、恨みがましく見つめる。

 

「ばーか、こんな隙だらけの魔族が…ダチが怖いわけねぇだろ?」


馬鹿な事言ってないで行くぞとばかりに、歩き出す彼女を私は追いかた。


…友達…ね。


見上げれば、垂直に切り立った崖が、どこまでも高く伸びている。

ここがどこだかわからなければ、帰る道筋さえ見えない。


ただそんな最悪の状況の中でさえ、

 

「…悪くないですね」


私の心は、随分と久し振りに踊っていた。

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