113話 疑うべきは常識

夢喰いの大穴 ???


どれだけ進んだだろうか。

少なくとも第一階層から、第五階層まで進むよりも長い時間歩いていたのは確かだ。


今までの階層より狭いとは言え、大人が三人余裕を持って並んで歩ける幅がある洞窟内は変わらぬ輝きで、道を照らしていた。


だが、いつしか私達の会話はなくなり、無言で足を前へと進めていた。


そんな時だった。


「わりぃ、ちょっと休憩していいか?」

 

振り向けば、シャロンは珍しく肩で息をしていた。


…おかしい


彼女の額からは汗が流れ、顔色も悪くなっている。

明らかに、普通の状態ではない。


「大丈夫ですか?」

「ん、少し疲れただけだ。休めば回復するからよ」


そう言うと彼女は腰を下ろし、壁にもたれかかるようにして休む姿勢をとった。


…疲れた?

この程度を歩いただけで?


私は、彼女をじっと見つめると、その身体から魔素が薄く漏れ出している事に気がついた。

初めて見る現象に、思わず自分の手を確認する。


…魔素が漏れてる?


よく見れば、私の身体からも、同じように魔素が溢れ出していた。

 

「どうした?」

 

私の様子を不審に思ったシャロンは、心配そうな声を上げる。

 

「……」


思考をフル回転させるが、答えが出ない。

ならば、

 

「…戻りましょう」


明らかに異常な事態に、私は戻る決断をすると、彼女は驚いた表情を浮かべる。

 

「大袈裟なやつだな?少し疲れてるだけだぜ?」

 

だが、座り込んだままの彼女の顔色は悪いままだ。

正常な判断が、出来なくなっているのだろうか?

ただ歩いただけで、起こる現象ではないのだ。


「シャロン、あんたの勘は?」


私の真剣な問いかけに、彼女もただ事じゃないと感じたのか、目の色が変わる。


「ああ、ヤバいな…クソッ!」


力を振り絞るように立ち上がると、フラつきながらも歩き出す。


「…いつからだ…頭がボーっとしちまって…」


そして、一人呟き始めた。


「考えるのは後にしましょう。走れますか?」

「ああ、こういう時は気合いだぜ!」

 

彼女は、言葉通りの意味を身体に言い聞かせると、駆け出した。

私も彼女の後を追う。


弧を描く傾斜を、駆け足で登る。

下りと登りどちらがキツいかと言われれば、今は登りだと答えよう。


ただ、私もシャロンもそれで悲鳴をあげるような体力ではなかった。


来た時の何倍もの速さで駆け上がる。

肩で息を切らし、顔色は悪いままのはずのシャロンは、文字通り気合いで誤魔化しているようだった。


そして、


「…おい」


行き止まりに辿り着いた。

来た道を、ただ戻ってきただけだ。

道は一本道だったのだ。


「馬鹿な…」


私は思わず、無意識に呟く。

理解出来ない現象が起きてるのだ。


「ふざけんなよ!」


シャロンが当たり散らすように、手にした剣で立ち塞がる壁を斬りつけた。

 

「…シャロン、剣で壁は掘れませんよ」


私は呆れたように、ため息を吐く。


だが、


——ピシャアアアッ!


彼女が斬りつけた壁から、紫色の液体が勢いよく噴き出した。

私はとっさに後ろへと下がると身構える。

その液体は、まるで血のようだった。


「…まさか?」

「おい!」


私の思考とシャロンの勘が一致したように、視線が交差する。


「シャロン、あそこに撃ち込んで!」

「わかってる!」


…まだ確証がない。

だが、もし私の想像通りなら…。


——魔導錬成


彼女が弓弦を引く。

矢に魔力が集中していくのがわかる。


「貫けッ!!」

 

彼女は叫びながら矢を放つと、紫の血飛沫を上げて、壁に亀裂が走る。


——ギャアァォオオオオッ!!


壁の外から聞こえてきたのは、何かの雄叫びのような低い重低音。

 

その音に合わせて、洞窟内が揺れる。

硬かった地面は、まるで生物のような弾力に変わる。


「…擬態ですか」


私は結論を下すように呟いた。

おそらく、壁や天井を覆っていたあの青白い輝きを放つ水晶のようなものも魔物の一部なのだ。


私は大剣に手をかけると、周囲の壁に振り抜いた。


予想通りに噴き出す血潮。

響く重低音に、揺れる洞窟内…いや、魔物の体内なのだろう。


あの横穴は、口を開けた魔物の体内に直通だったのではないだろうか?


「アリス、出れそうもないぜ?」


そんな事を考えていた私に、シャロンが苦笑いを浮かべながら、壁を指差した。


貫いたはずの壁は、傷口を治すように再生していくと、元の形に戻ろうとしている。


「…困りましたね」

「ああ、困ったな」


だが、私達はその言葉とは裏腹に、焦ってはいなかった。

 

それは何故か?

単純な事だ。


熟練の戦士なら、切り札を持っているのだ。

お互いの手札は見せていないが、それは顔を見ればわかる。


「どうしますか?」

 

私は口元に笑みを浮かべた。

 

「今の俺の魔力だと、ちょっとキツイな…使えば動けなくなるぜ」

 

切り札を見せていないシャロンは、ただそう答えた。


「なら、私がやりますよ」


奥の手を解除しないといけないが、仕方ない。

こんな所で、魔物の餌になるのは御免なのだ。


私は、両目に魔力を込めた。

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