106話 第四階層 魔物の狂宴

中層部 第四階層


魔物の狂宴と呼ばれる現象がある。

冒険者達から恐れられるこの異常事態。


原因は不明だが、魔物達が宴のように一箇所に集まる現象が、今ここで起きていた。


黒髪の少女は、身の丈の大剣を縦横無尽に振るい、周囲の敵を次々と葬り去る。


金髪の女剣士は、腰から筒を引き抜くと、赤黒い液体を様々な武器に変化させて、襲いかかる敵を次々に貫いていった。


そして、洞窟内に響き渡るリュートの音色と、その周囲を守るように剣を構える青年の姿。


「はぁ、はぁ…ちょっと…休憩」

「大丈夫か?ルナ」


息を切らすルナを見て、心配そうにアルスは尋ねる。

彼女は苦しそうに胸を押さえると、大きく呼吸を繰り返した。


周囲には、彼女の魔法で貫かれた無数の魔物達の亡骸。

その中心で座り込んだルナは、少し悔しそうな表情を浮かべる。

アルスはそんな彼女を守るようにして立つと、周囲を警戒した。


「ふぅ、俺も少し休憩だ」


巨大なモグラのような魔物から、剣を引き抜きながらシャロンが歩み寄る。

その足元には、魔石が散乱していた。


「君達が一緒で良かったよ、今日は数が多いみたいだ」

「俺というより…」


シャロンは、遠くで自分達の何倍もの屍を積み上げている私を見つめた。


「魔法も使ってないのに、なんで…」

 

魔物の死体の山を見ながら、ルナがため息を漏らす。


「おい!アリス!あんま離れんなよ!」

 

離れた場所にいる私に聞こえるように叫ぶ。

その声は、洞窟内なだけあって、はっきりと耳に届いた。


私は、随分と数を減らした魔物に、最後の一撃を薙ぎ払う。

そして、三人の元へと戻った。


「なかなか良い運動になりますね」

 

はしゃぐように告げる私の姿に、呆れたような顔をされた。


…ん?


「魔石を回収したら、この先の広場で休憩しようか」

 

珍しく苦笑いを浮かべるアルス。

そして、黙々と魔石を集める三人に続いた。


先程の大群が嘘のように静まり返った洞窟内を歩く。


——ズシンッ


その時、足元から僅かな揺れを感知した。

 

「地震?」

 

アルスが不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ、揺れませんでした?」

 

言葉の認識の違いを理解して、言い直す。


「たまに揺れるんだよね」

 

彼は特に気にする様子もなく答えた。


——ズシィンッ

 

今度は、さっきよりも大きかった。


「なんか気持ち悪いな」

「そのうち収まるさ」

 

シャロンは、不快な表情を見せるが、アルスは笑って受け流す。

そして、私達はまた歩き始めた。

 

「うん?」

 

しばらく進んだ先で足を止める。

目の前には、開けた空間があり、その中心には巨大な穴が垂直に口を開けている。


「ここで休憩しよう」

 

アルスはそう言って、地面を指差した。

 

「ここが目的地ですか?」

 

私は辺りを警戒しつつ、尋ねた。

崖のような絶壁にぽっかりと空いた大空洞。

覗き込めば、底が見えない程、闇に包まれていた。


まるで怪物が全てを飲み込もうと、大きな口を開けているような不気味さを感じる。


「…下層部直通だよ、確認した事はないけどね」

「…だろうな」

 

微笑むアルスに、同じく覗き込んだシャロンが苦笑いを浮かべる。


「それより、食事にしないかい?」

 

そう言うと、彼はカバンの中から調理器具を取り出した。

手際よく火を起こし、干し肉を炒める。


「ルナ、水を頼めるかな」

「…人使いが荒いね」

 

不満を口にしつつも、手をかざすと鍋に水が注がれる。

そこに乾いたパンが投入されると、独特な匂いが鼻腔をくすぐる。

そして、彼は皿に料理を盛り付けると、私達に渡してきた。

 

「はい、お待たせ」

 

受け取った食事を眺める。

見た目は普通だ。

だが、問題は味である。

私は飲み込むように口に放り込む。

 

「どうだい?」

 

アルスは笑顔で問いかけてくる。

私は無言で肉を噛み締めると、飲み込んだ。

そして、一言。

 

「不味くはないです」


その感想を聞いて、彼はホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。

 

「…芋を入れたくなるなぁ」

 

シャロンは故郷の味を思い出すように呟いた。

 

「ああ、あれは美味しかったですねぇ」


アランの料理を思い出し、同意するように答える。

 

「…芋?」

「ノース男爵芋っていう特産品ですよ」

「へぇ、知らないなぁ」

 

私が説明すると、アルスは首を傾げながら、ルナを見る。

 

「食べ物には、興味ないんだよね」

 

彼女は淡々と答えると、手に持った器を空にする。


「あはは」

「ところで、どこまでが中層部なんです?」


ルナの答えに、乾いた笑いを浮かべるアルスに尋ねる。

すると、彼は地図を広げると現在地を指し示した。

 

「ここが第四階層の現在地…それで、第五階層のここまでが中層部だよ」

「なるほど…」

 

私は納得して呟いた。


「アリス、本気で下層部に行くつもりか?」

 

シャロンが私の顔をジッと見ながら尋ねる。

 

「ええ、大した魔物もいませんからね」

 

当然と言わんばかりに私は答える。


「申し訳ないけど、僕達は下層部には行けないかな」

「魔力が持たないわ」


アルスに続いて、ルナが呟いた。

 

「ええ、無理について来てもらう必要はありませんよ」

「…俺もか?」

 

少し寂しそうに、シャロンは問いかけてきた。

私は、彼女の意外な言葉に押し黙ると、底が見えない暗闇を覗き込む。


魔物は問題ない。

ただ一人で、この暗闇に挑むとなると…。


「…賭けるのは命ですからね、無理は言いませんよ」


人間の命は軽いのだ。


「ばーか」


シャロンはそんな私の額を軽く指で弾くと、意地悪な笑みを浮かべた。


「そんなツラするダチを置いてけるかよ」

「どんな顔って言いたいんですか?」

 

私は額をさすりながら、不服そうに聞き返す。

 

「あははッ、仲が良いんだね」

 

アルスは笑い声を上げる。

 

「じゃあ、下層部の入り口までは案内するよ」


そして、私達はまた歩き出した。

 


 

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