107話 駆け出しの冒険者

第五階層


そこは、冒険者が到達している最後の階層だ。

いや、この先に到達した者達もいたのかもしれない。

だが、地図が残されていないという事は、生きて戻ってはいないのだ。


そして、先程の大群が嘘のように、道中は静かなものだった。


「あの大群は第五階層と、その下から上がってきたのかもね」

 

アルスは地図を確認しながら、そう言った。

 

「なら、今日の稼ぎはここまでだね」

 

魔力が回復したのか、ルナは残念そうな声で呟いた。


「下層部へは次の機会に行くので、入り口が確認出来れば良いですよ」

「なんだよ?今日行くのかと思ったじゃねぇか…」

 

私はそう告げて微笑むと、シャロンはため息をつく。


「地図を書く準備もしてなければ、今日の稼ぎの分前だってあるじゃないですか?」


何を勘違いしてたのだろう?と、私はシャロンに問い掛ける。

 

「僕もこのまま行くのかと思ってたよ」

 

アルスはシャロンに同意する。


…私が悪いのだろうか?


「僕はルナで慣れてるから、良いけどさ」

「…どういう意味かな?」

 

苦笑いを浮かべる彼に、ルナは怪しげな視線を向ける。


「えーと…あ、あれが下層部の入り口だよ」

 

余計な一言のせいで、彼女の怒りを買ったアルスは慌てて話題を変えた。

彼が指差した入り口は、大人が三人くらい並んで歩けそうな横穴だ。

 

「降ってますね」

 

その中を除いて、私は呟く。

 

「こういう穴がいくつか空いてるけど、行き止まりもあるみたいだね」

 

彼は、地図の注釈を読むように説明する。

 

「どれが正解の道かは…」

「それがわかれば、第六階層の地図が作れるさ」

「もしかしたら、詩が生まれるのかな?」

 

私の言葉にアルスは肩をすくめ、ルナは嬉しそうに微笑む。

そして、その横ではシャロンが退屈そうに欠伸をしていた。

 

「とりあえず、帰ろうぜ」

 

そんな彼女の言葉を合図に、私達は帰路に付いた。


……

………


「四等分だよ」


地上に戻り、魔石を換金してきたアルスから銀貨の山が渡される。


「一枚…二枚…三枚…」

「はは、銀貨五十六枚だよ」

 

枚数を数える私の様子をおかしそうに眺める彼。

…どうやら、私の顔を見て笑っていたようだ。


「よっしゃー!豪遊するぜ!!」

「ちょっと、本屋に行ってくる!」

 

シャロンとルナは、まるで示し合わせたかのように同時に叫ぶ。

そして、そのまま何処かに走り去っていった。

 

「騒がしいですね」

「ああ、本当にね」

 

彼は苦笑いを漏らす。

 

「じゃあ、また…」

「うん、またね」

 

短い言葉で別れる私達。

彼は微笑んで手を振っていた。

それに合わせて、私も同じ仕草を返す。


そして、歩き出す。


これが冒険者らしい、当たり前の日常なのだろうか?

駆け出しの私には、まだわからない。


空を見上げれば、日が沈みかけようとしていた。

髪を揺らす風が、心地よかった。


「…生きてるなぁ」


誰に聞かせるでもなく、一人呟いた。

その言葉は夕暮れに溶けるように消えると、私はまた歩き始めた。


向かった先は、繁華街の一角。

いかにも場末の酒場という店構えだ。

私は扉を開くと、店内に入る。

すると、賑やかな笑い声が耳に入ってきた。


だが、荒くれ者に相応しい容貌が揃う店内に、私の姿は目立つようで、周囲の男達は物珍しそうにこちらに目を向けてきた。


「葡萄酒を一杯」


私は好奇の視線を無視して、カウンターに座ると、マスターに注文する。

 

「…あんた、ここがどこかわかっているのかい?」


少し驚いたような表情を見せると、マスターはグラスに葡萄酒を満たしながら聞いてきた。


「私も冒険者ですよ」

「あーいや、そうなんだろうがね…」


背負った大剣を降ろし、隣に立てかける。


「うちはあまりガラが良くないからさ…」

「ああ、そうみたいですね」


小声で囁くマスターに、私は店内を見渡すと、彼らに聞こえるように答えた。

何人かは私の態度に気を悪くしたのか、不機嫌な様子を隠さずに、私を睨み付けてくる。


「度胸試しなら、やめときな」


そんな中、一人の男がエールを片手に立ち上がり、私に向かって歩いて来る。

私は彼に目を向けると、小さく笑みを浮かべる。

 

「いえ、こういう店で飲みたかったんですよ」

「…へぇ」

 

男は私の前まで歩み寄ると、そのままカウンターに座る。

 

「良い趣味してんな」

 

気持ちの良い笑みを浮かべた彼は、グラスを掲げると一気に飲み干す。

 

「おまえら!新入りを歓迎してやろうぜ!」

 

大きな怒号にも似た叫びを上げると、他の客達もまた同じように歓声を上げる。

そして、思い思いにグラスを掲げた。


そんな光景を眺めながら、私も葡萄酒を掲げたのだった。


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