105話 吟遊詩人の魔法

中層部


そこは、人類が少数派になる魔物の楽園である。

空間に立ち込める魔素の濃さに比例するかのように、徘徊する魔物は大型種が多くなる傾向にあるらしい。


並の冒険者なら、生態ピラミッドの最底辺にいる事を嫌でも思い知る事になるだろう。


そして今もまた巨大な大蛇が、私達の前に現れていた。

見下ろすように見据える爬虫類独特の黄色い目が、品定めするように細められる。


「こいつは金になりそうだな!」


シャロンはそう叫ぶと、大剣を錬成して駆け出した。


「シャアァッ!!」

 

威嚇の雄叫びを上げると同時に、長い尾をしならせて振り下ろしてくる。


彼女は軽やかにステップを踏み、攻撃を掻い潜るとその胴体を斬り裂いた。

傷口から血が噴き出し、巨体をくねらせる。

 

「チッ、浅いか」


剣を斬り返し、また一閃。

蛇特有の柔軟性を持った動きに、シャロンは攻めあぐねている。


「…私がやるよ」

 

ルナが呟くと、背負っていたリュートを手に取る。

彼女が構えた瞬間に、弦を爪弾く音が鳴り響いた。

 

——その音色が響くや否や、周囲の温度が数度下がった気がした。

 

それは、凍てつく冷気だ。


そして、目の前でうねる巨体が氷に覆われていく。

ルナはそれを確認して、満足そうに微笑んだ。

 

「どう?」

「シャアッ!?」

 

突然の出来事に動揺し暴れ出すが、もはや動くことはできない。

大蛇は彼女の操る氷によって、全身が拘束されていた。

 

「あとは僕に任せてくれ!」

 

アルスが叫ぶと同時に、剣を構えて跳躍する。

そして、大蛇の脳天を貫くように一閃が走った。

 

剣が突き刺さった箇所を中心に、ヒビが入り割れていく。

やがて、粉々に砕け散った氷の破片が、光を反射させキラキラと舞い落ちる。

大蛇はその命を終えた。


「美味しいとこ持ってくなよ…」

 

不満げに文句を言いながら、シャロンは戻ってきた。

 

「ごめん、ついいつもの連携でね」

「…ったくよ」

 

謝罪をするアルスに、シャロンは悪態をつくが、顔は笑っていた。

彼らの実力を認めたのだろう。


「そのリュート、魔道具ですか?」

 

後ろで眺めていた私は、一つの疑問を投げた。

 

「これは、ただのリュートだよ」

「…ですよね」

 

ただのリュートを弾いただけで、魔法が発動したのだ。

彼女はエルフ、きっとくだらない理由が、そこにはあるのだろう。


——カッコいいからです!!


遠い昔の光景を思い出して、苦笑いを浮かべる。


「魔物が、集まってくる気配があるよ」

 

そんな私達のやりとりを他所に、アルスは上層部よりも広大な空間の奥を、眺める。

私も釣られてそちらを見ると、複数の魔物の影が見えた。

 

「お金が歩いてきてるね」

 

ルナは、大蛇の魔石を拾うと、嬉しそうに口にした。

 

「何に使うのですか?」

「詩を買うの」

 

私の問いに、ルナはさらりと答える。

 

「なるほど」

 

アルスに視線を送ると、彼は困ったように頭を掻いて笑った。

 

「僕は彼女の手伝いさ…」

「…なるほど」


さすがエルフ…。


中層部に潜れる腕なら、魔大陸行きだとアルスから聞いていた。

だから、中層部から先の攻略が進まないとも…。


そんな場所に、詩を買う資金を求めて潜るとはね。


「はははッ、おまえも大変なんだな」

 

シャロンは笑い声を上げながら、アルスの背中をバシバシと叩く。

その和やかな雰囲気は、目前に魔物達が迫っているとは到底思えないものだ。


「私も行きたい店があるので、一稼ぎしますかね」


背負った鉄塊に手をかけながら、呟いた。

そして、地面を強く蹴りつけ、魔物達の群れへと突っ込む。


——グチャッ! !

 

大蜘蛛を叩きつけた音とともに、地面に亀裂が入る。

その一撃で小さな昆虫型の魔物は吹き飛び、壁へ衝突した。

砂埃と共に舞う魔物達の間をすり抜けて、鉄塊を振り抜く。

 

「ははっ、楽しいですね!!」

 

そう叫んだ時だった。

背後に殺気を感じて振り返れば、鋭い針が飛んできた。

 

「おっと!?」

 

咄嵯に避けた視線の先には、人よりも大きい蝙蝠が飛んでいた。


大地を蹴り、空中へと躍り出る。

眼下では、大きな顎が飛びかかるように噛みつこうとしていた。

 

身体を回転させて、遠心力をつけ巨大な剣を横薙ぎに払う。

それは斬るというより、叩きつけるような一撃。

 

私の渾身の一撃を食らって、魔物は頭から胴にかけて、真っ二つに切り裂かれた。

そのまま宙で回転すると綺麗に着地を決める。


周囲を見渡せば、続々と大型の魔物が四方から群がってきていた。


「まだまだ楽しめますね!」


そして、次の獲物へと向かうのであった。

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