99話 第一階層

夢喰いの大穴 上層部 第一階層


そこは巨大な空間だった。


見渡す限り岩肌の続くその場所は、星空のような輝きを宿しながら、先が見えないほどの空洞が続いている。


私達以外の冒険者の姿はなく、ただ不気味なほどの静寂が支配していた。


私の横を歩くシャロンは、周囲を警戒するように、視線を走らせている。

彼女の腰には、小さな筒状の物が下げられており、いつでも抜けるよう構えられていた。


私はそんな彼女の様子を伺いながら、同じように視線を巡らせる。

 

「魔物の影すらありませんね」

「…なるほどな」

「どうかしました?」

 

何事かを納得している様子のシャロンに尋ねる。

 

「…あれを見てみな、穴があるだろ?」

 

彼女が指差す先、鍾乳洞のように尖り伸びる天井の巨大な柱の隙間に、確かに穴が空いていた。

 

「…ありますね」

「…魔物が出るなら、あそこからだろうな」

 

そう言うと、先程より少し警戒を解いたのか、彼女は肩の力を抜いた。


「なるほど」

「注意するとこがわかりゃ、怖くねぇよ」

「私は思ったより清潔なので、怖くないですね」


星空のような煌めきに包まれる鍾乳洞なのだ。

虫の姿は見当たらず、実に幻想的な空間なのだ。


「なんだそりゃ?」

 

呆れたような声色でそう言うと、彼女は少し笑みを浮かべた。


しばらく進んだ頃だった。

 

「…この先に施設があるみたいですよ」


私は地図を取り出して、確認する。


「ああ、公爵様が魔大陸まで新しい道を繋げようとしてるらしいな」

「掘ってるんですかね」

「何十年かかるんだろうな?」


そんな話をしながらも歩みを進めていると、遠くで人の話し声のようなものが聞こえて来る。


「…あれですか?」

「たぶんな」


巨大な空洞の先には、簡易施設のような建物と天幕が張られており、数人の人影があった。


施設の前には、槍を手にした兵士達が立っており、近づく私達に気づくと、警戒するように声をかけてくる。


「そこで止まれ!」

「…怪しいもんじゃねぇよ」

 

シャロンはそう答えると、懐からギルドカードを取り出す。

 

「…日雇いの仕事を受けにきたのか?」

「いや、初めて来たんでね」

 

兵士の言葉に、シャロンは首を振るとそう答えた。

 

「…狩場なら、あっちの道だぞ」

「ああ、ありがとよ」

「気をつけてな」

「ああ」

 

そう言葉を交わすと、私達は右手に延びる道へと向かった。

 

「…魔物が蔓延る迷宮って感じじゃないですね」

「…そうだな」

 

彼女は苦笑いを浮かべると、そのまま歩き出す。


やがて、人の叫び声や金属の当たる音が鳴り響いてくると、その先には広場のような空間が広がっていた。

視線の先には、虫のような魔物の死体が転がっている。


そして、冒険者らしき者達が、一匹の魔物と戦闘を繰り広げていた。

その魔物は人くらいの大きさのカマキリに似た姿だが、頭には角のような突起があり、その手は鎌のように鋭さを放っている。


——ガキンッ!!


男が剣で魔物の斬撃を受け止める。

その隙に、槍を手にした男達が背後から魔物を突き刺すと、魔物は断末魔をあげながら倒れた。


「…六人かがりですか」


辺りを見渡せば、同じように複数人で一匹の魔物と戦っているパーティーがいた。


「ここはダメだな…」


確かに強力な個体でもいなければ、冒険者の物量で制圧し続けれそうだ。


「進んでみるか」

「まあ、降って行くだけですからね」


歩いてみてわかったのだが、天然の洞窟であるここは、螺旋階段のように弧を描きながら、地下へと伸びているようだった。


平面図の地図からは読み取りづらいが、無数の広場は遠回りになるルートも多く、最短距離を歩けば第二階層と区分けされた場所にたどり着くのに、それ程時間はかからないようだ。


もっとも、先人が切り拓いた地図があるからこそ出来る芸当なのだが…。


「…今夜の飲み代を、拾いに行きましょう」


背負った大剣の柄に手をかけると、私はそう言って笑みを見せた。


 

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