98話 夢喰いの大穴

冒険者の街 最奥


冒険者の街の終点には、山に面した大きな洞窟がある。


夢喰いの大穴とも呼ばれるそれは、100年以上前に聖女が魔大陸まで切り拓き、50年程かけて線路を繋げたと伝えられていた。


その大穴を囲う二重の巨大な堀は、この中から溢れ出るだろう何かに警戒してるようだった。


私達は、そこに架けられた橋を渡っていた。


「あの上を魔導列車が走るのですね」


私は、橋に並行して架けられた線路を眺める。

 

「俺は、行きも帰りも寝てたからなぁ」

 

シャロンはそう言いながら、線路の先を眺めていた。

その視線の先には、吸い込まれるような巨大な洞窟が口を開けている。

 

「あれが大穴ですか」

「ああ、魔大陸までは遠いからな」

「…どれくらいかかるんですかね?」

「…3日は覚悟しろよ」


列車の速度がわからないが、随分と距離があるようだ。


「まあ、聖女様と違って歩いて行くわけじゃないですしね」


そんな事を話しながら、二つ目の橋を超える。

目の前には、より深い闇が広がっていた。

そして、冒険者を相手にするのか、手前にはいくつかの店が並んでいる。


「あれは、なんですかね?」

 

私は一番大きな建物を指す。

巨大な天幕が併設されているのだ。


「…解体場じゃねぇのか?」

 

その独特な建物に見覚えがあるのか、シャロンは首を傾げる。

 

「…なんですか、それ?」

「価値がある魔物なら、死体を買い取ってくれるんだよ」

「…へぇ」


ギルドの掲示板には、そんな情報はなかったが、初心者の館だからだろうか?


「やめとけよ?死体抱えて移動なんて最悪だし、金になるかもわからねぇぞ」

「…じゃあ、なんであるんです?」


シャロンの説明だと、誰も解体場に持ち込まないだろう。


「サポーターを雇うんだよ。腕が良い奴は解体もできるしな」


どうやら、金になる魔物や部位を頭に叩き込んだ荷物持ちの専門職がいるらしい。

ベテランになれば、その場で解体して、一番金になる部位だけ持ち帰るとか。

 

「なるほど」

「まぁ、サポーターは狩場に慣れたらだな」

 

さすが魔大陸帰りなのか、彼女は普段の態度からは想像できないほど真剣な眼差しで、そう呟く。

 

「それより、地図を買おうぜ」

 

入口の店で売っていると、受付嬢から聞いたらしい。


「…掲示板を眺めていた私が、馬鹿みたいじゃないですか」

「経験の差だな」

 

そんな私の愚痴に、彼女は豪快に笑いながら、一人店に入った。

私はすぐに戻ってきた彼女に愛想笑いで返すと、早速買ってきた地図に目を通す。

 

「…覚えれるか?」

「歩かないとわからないですが、覚えるだけなら…」


幸いな事に記憶力は良いのだ。

そして、珍しく真剣な顔で、シャロンは地図を読み込んでいた。


沈黙が流れながらも、歩みは止まらず、やがて大穴の入り口へとたどり着く。

 

「…準備はいいか?」

「ええ…」


私は背中に背負った大剣を確認して、頷く。

意外な事に、漆黒に見えた洞窟内は薄暗く輝いていた。


私達は洞窟の中へと、足を踏み入れる。

ゆっくりと一歩を踏み進める。

意外にも虫の気配はない。


冷たい空気が心地よく、辺りは静寂に包まれていた。


そして、

 

「…なんだ、これは?」

 

入口の光が遠ざかった時、暗闇の中で光を放つ何かを見つけた。

 

「…鉱石?」

 

それは青白く輝く石だった。

まるで宝石のように煌めくそれは、地面や壁、天井に至るまで至る所に姿を見せる。

 

「…星空の中にいるみたいですね」

「…ああ」

 

シャロンは普段の豪快さを潜めて、静かに答えた。

 

「この石は売れますかね?」

「…おい、不用意に触るな」


私が光る石を掴もうとした時だった。


——ガサガサ


「うわッ!?」

 

石から六本の脚のようなモノが生えたかと思うと、突然逃げるように駆け出したのだ。


あまりの気持ち悪さに、思わず叫んでしまった。


「…虫?」

「いや、魔物だな」

 

慌てて手を離した私を見て、シャロンは苦笑いする。

 

「逃げていきましたよ?」

「擬態して、寝込みを襲うタイプなのかもな」

「…あれが擬態ですか」


…光る石にしか見えなかったのだ。


「不用心に進む割には、あんなのにビビるんだな」

「…シャロンは、珍しく慎重なんですね?」

「…大物か大馬鹿かよ」

 

彼女は顔をしかめる。

 

「俺達は初めて入る洞窟を進んでるんだぜ?」

「そうは言っても、まだ入口ですし、地図だってありますよ?」


入口から危険なら、初心者向けの上層部なんて地図の名前になっていないはずなのだ。


「…賭けてんのは、自分の命だ」

「…ああ」


…そうか、人間はモロいのだ。

簡単に死ぬのだ。


そんな当たり前の事を、私は忘れてしまっていた。

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