97話 初めての武器屋
冒険者ギルド 初心者の館
先程の喧騒が嘘のように静まり返ったロビーで、私は人気の消えた掲示板を眺めていた。
シャロンは、ギルド職員の女性達と談笑している。
「ここには危険な魔物の目撃情報や、洞窟内の最新情報が貼られるわ」
そんな不真面目なシャロンに慣れているのか、カミラは私の横で淡々と説明をする。
「稼ぎたいのですが…」
「…なら、魔石を集める事ね」
…魔石。
私が知る時代には、命を賭けるに見合う価値がなかったものだ。
「需要があるのですか?」
「…公爵様が、無制限に買い取る程度にはね」
「…なるほど」
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
彼女はそう言うと、奥の部屋に戻っていった。
「おう、カミラ、またな」
「…貴方達なら、ここはすぐ卒業よ」
そう言い残して扉が閉まる。
…公爵が買い漁っているのですか。
そんな彼女達を他所に、私は物思いにふけっていた。
公爵が支払った貨幣は、この街で大部分が消費されるだろう。
そして、消費された貨幣は経済を回し、税金として回収される。
まるで貨幣が、人を支配しているかのようだ。
「…実感が湧かないから、タチが悪いですねぇ」
私はそう呟きながら、掲示板に目を通すと、シャロンが近づいてきた。
「カミラがキレてた理由が、わかったぜ」
「…へぇ」
彼女は、今にも吹き出しそうな表情を浮かべている。
「あの子達がよ、いつもあいつらに絡まれてたらしいんだけどさ」
ああ、正義感ってやつですか。
カウンターに座る職員の女性達を見る。
良い所の出なのか、どことなく気品に溢れていた。
「カミラがいい加減にしろって、注意したらしくてよ」
「…注意で、人が飛ぶんですかね?」
私が扉をくぐったら、男が吹き飛んできたのだ。
「いやいや、注意したカミラに、貧乳はどいてろって言ったらしいぜ?」
最高におもしれぇだろ?と言いたそうなくらい馬鹿笑いするシャロン。
私も思わずクスリとする。
「でも、冒険者は貴重なんじゃないですか?」
「そりゃあ、あの間抜けが余計な一言を言ったせいだろ?俺でも殺すぜ」
笑い足りないのか、目に涙を浮かべながら彼女は答えた。
——ふざけやがって…夜道には気をつけろよ、テメェ
「ああ、確かに私でも殺しますね」
「やっぱ、こっちはおもしれぇなぁ」
荒くれ者の冒険者達か…。
本気で今日だけを楽しんでいるシャロンを見て、笑みが溢れる。
「気乗りはしませんが、洞窟に行ってみますかね?」
「…素手でやんのか?」
虫の残骸に汚れ、涙目になっていた私を思い出したかのように、シャロンは顔をしかめた。
「…武器屋はあります?」
「そこの扉から繋がってるらしいぜ」
先程の受付嬢達との会話を思い出すように、シャロンは答える。
「…お金」
私は未だに軽い腰袋の重さを確かめる。
そして、彼女に手を差し出した。
「…ったく、しょうがねぇなぁ」
シャロンは苦笑いしながら、金貨2枚を手渡してきた。
「さすが、準男爵閣下」
「ばーか」
私の軽口に、彼女は嬉しそうに笑う。
そして、武器屋の扉を開けると、そこには様々な武具が並んでいた。
「いらっしゃい」
店主は髭面の強面の男性だったが、笑顔を浮かべて迎えてくれる。
「槍もあるんですね」
「平地戦なら良いけど、洞窟内だぜ?」
「確かに、狭い場所だと困りますよね」
「どっちかって言うと対人向きだな、デカい魔物にリーチ差なんて誤差だしな」
シャロンは、そう言って槍を手に取った。
「大穴の広場で戦うなら、初心者向きだぞ」
そんな私達の会話に店主が割って入る。
「デカいやつは?」
「浅い階層なら、せいぜい人サイズさ」
「…なるほど」
確かに、大型の魔物を相手にせず、十分な広さがあるなら、リーチの長さを活かせるだろう。
「…弓があるんですね」
そんな店主のアドバイスに耳を傾けながら、違う棚に視線を移す。
「軍でもなきゃ、補助武器にしかならねぇだろ」
数が集まれば脅威だが、単発では魔物の動きさえ止めれなさそうだ。
そもそも、装甲の厚い魔物に刺さるのだろうか?
店主に視線を送るが、シャロンの言う通りなのか、特に補足はなかった。
「まあ、買うとしたらこれだな」
彼女は一振りの大剣を指差す。
「…鉄の塊に見えますよ」
それは、剣と呼ぶにはあまりにも無骨な見た目をしていた。
分厚い刃は、いかにも斬れ味が悪そうだ。
「これ斬れますかね?」
「馬鹿力があればな」
それは斬るとは違う何かじゃないかと思うのだが、
「斬れ味の良いやつは、力も技術も必要ないけどよ、化け物相手じゃ折れるぜ?」
私はまた店主に視線を送る。
「…中層より下に行くならな」
「なるほど…」
つまり初心者向けではないそうだ。
私はその無骨な鉄塊を手に取る。
ズシリとした重みを感じるが、少し力を込めれば、羽のように軽くなりそうだった。
「…悪くないですね」
試しに鉄塊を振るが、重みは感じなかった。
「…どこにそんな力があるんだよ」
シャロンは呆れたような表情で、私を見つめるのだった。
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