94話 冒険者ギルドへ
冒険者の街
朝日が昼時まで昇ると共に目を覚ました私は、窓を開けると大きく背伸びをした。
山肌から冷たい風が吹き込み、思わず身震いする。
昨晩は遅くまで飲んでいたせいか、体が少し重たい。
「…なんだよ…さみぃな…」
隣のベッドで寝ていたシャロンが不機嫌そうに目を覚ました。
「おはよう」
「ああ…今何時だ?」
私は二階の窓から、行き交う人々を眺める。
人通りはかなり多く、街全体が活気づいていた。
「昼時ですかね」
「…腹時計もそんな感じだなぁ」
まだ眠そうにあくびをするシャロン。
「朝ご飯を食べて、ギルドに行きますか」
「ったく、マジメかよ」
文句を言いながらも、準備を始めるシャロンを見て苦笑すると、私も支度を始めた。
「王都には劣るけど、この街も良い街だな」
昨夜のお楽しみを思い出すように、シャロンは胸を揉む仕草をしてみせる。
「そうですねぇ」
綺麗な女性が多かった。
ただ、シャロンはキャバクラのような店が好きなようで、席についた女性と密着しながら馬鹿騒ぎを楽しんでいたのだ。
彼女の奢りの為、文句は言えない。
私好みの店に行くには、軍資金が足りないのだ…。
つまり真っ当に最大限稼ぐなら、冒険者ギルドが希望の光なのだ…。
「…行きますよ」
不純な動機を胸に秘め、私達は宿を出た。
大通りを行き交う人々は、相変わらず異質な格好をしている。
全員が武器を携帯し、統一感のない軽装は急所のみが硬い防具で守られていた。
「この街に、冒険者は何人いるのですかね?」
「千から二千ってとこらしいぜ」
「…へぇ、よく知ってますね」
即答するシャロンに、私は感嘆の声を上げる。
「準男爵様だからな」
「なるほど」
自慢げに語るシャロンに、私は相槌を打つ。
どうやら、おだてれば簡単に木に登るらしい。
「では、準男爵様に相応しいあちらのお店で朝食はいかがですか?」
そう言って、私は少し高級そうな店構えを指差した。
「…支払いは?」
「それは、もちろん」
私は笑顔で意思を返す。
「…まぁ、いいけどよ」
さすがに嫌とは言えないのか、渋々といった様子で了承した。
店に入り席に案内されると、私はメニュー表を手に取った。
そして、一通り思案した時、タイミングを見計らったように、店員が注文を伺いに来る。
「このセットと葡萄酒をお願いします」
「俺も同じでいいぜ」
シャロンは複雑なメニュー表を見て、考える事をやめたようだ。
「かしこまりました」
店員が一礼して去ると、彼女は周りをキョロキョロと見回す。
「こういう店は、性に合わないんだよな」
そして、ため息をつくようにテーブルに肘をついた。
黙っていれば、深窓の令嬢に見えなくもないのだが、その所作が全てを台無しにしている。
私は呆れた表情を隠すと、運ばれてきた食事を口に運んだ。
「美味しいですね」
「そうだな」
それから、特に言葉を交わすことなく食事を済ませる。
「そういや、ギルドの場所はわかんのか?」
店を出た私に、ふとシャロンが問いかける。
「昨夜、飲み屋で聞きましたよ」
「おまえ、お姉ちゃんとそんな会話で盛り上がってたのかよ」
シャロンは苦笑する。
「…冒険者の基本ですよ」
お客であるうちは、色々と教えてくれるのだ。
「初めて聞いたぜ」
からかうように笑うシャロンを横目に、大通りを進む。
やがて、道端に看板を掲げた建物を見つけると、私とシャロンは足を止めた。
「ここがギルドですね」
「あっちも同じ看板があるぜ?」
シャロンが示す方に顔を向けると、同じ看板を掲げた二階建の建物がいくつも並んでいた。
それぞれが、独立した建物のようだ。
「冒険者ギルドが複数?」
目の前の建物を再度、見てみる。
すると、看板の下に文字が書いてあった。
——初心者の館
「とりあえず、入ってみますか」
「初心者ねぇ…」
馬鹿にしてんのか?と言いたそうなシャロンを尻目に、私は扉を開く。
「…ん!?」
中に一歩、足を踏み込んだ時だった。
重い打撃音と同時に、こちらに吹き飛んで来る男の背中。
次の瞬間、私の横の壁に激突した男は、鈍い悲鳴を上げ、そのまま床へと崩れ落ちた。
「……」
予想外の展開に唖然としていると、奥から声が響く。
「貴方達のような半端者は、口の利き方から教えてあげる」
声の主に視線を向けてみると、そこには一人の女性が立っていた。
長い茶髪に、整った鼻筋、すらりと伸びた手足はモデルのように細く、見慣れたギルド職員の服を身に纏っている。
しかし、その瞳はどこか気怠そうに細められていた。
その女性は、壁に崩れ落ちた男の前にゆっくりと歩みを進め、
「…お返事は?」
蹴りを入れた。
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