93話 再会

冒険者の街 酒場


夜の帳が下りて、しばらく経った頃。


酒場では多くの客が酒を手に騒ぎ立てる中、端の方にあるテーブルに私は座っていた。


私の前には葡萄酒が置かれており、それにゆっくりと口をつける。

口に含んだ葡萄酒の香りと芳醇な香りが鼻を抜けていき、口の中に心地よい苦味が広がる。


今は休憩時間なのだ。

私と同じく可愛いメイド服を着た給仕の娘達が、忙しなく店内を駆け回る姿を眺めながら、ここ数日の稼ぎを数える。


「…はぁ、もう少し稼いでおかないとな」


私はため息をつくと、残った葡萄酒を一気に飲み干した。

そんな私の対面に、誰かが乱雑に座る。


「おいおい、おもしれぇ格好してると思ったら、なんだ?そのしけたツラはよ」

 

懐かしい声色に、視線を上げるとそこにはシャロンがニヤついた顔で頬杖をついていた。


私は薄く笑みを浮かべると、

 

「誰かさんとはぐれたせいで、路頭に迷いかけてましてね」

 

そう言って、肩を竦めた。

すると、シャロンは悪びれる様子もなく豪快に笑う。

 

「こっちも大変だったんだぜ?冒険者に転職するのが、こんなに面倒なんてな」

「そうですか」

「兄貴が手続きしてると思ったのによぉ…」

 

そこからは愚痴のオンパレードだった。

 

どうやらシャロンは、貴族の義務を兄達に引き継いでもらったと思っていたらしい。

だが、準男爵というノース男爵から独立した地位が、話をややこしくさせた。

 

貴重な戦力を手放したくなかったらしいが、最後はどうせ魔大陸で暴れてくれるならと、折れたらしい。


「でもまあ、これで自由の身だぜ」

「代わりに私は雇われの身ですけどね」

「関係ねぇだろ、さっさと辞めて行こうぜ」


そう言って、手をひこうとするシャロン。

私は少し意地悪をしたい気持ちになり、その手を掴む。

 

「ここの酒場は少し特殊でしてね、パーティに誘うなら、まずは指名料が必要なんですよ」

「へぇ…」

 

そんな私にシャロンは面白いと口角を上げる。

そして、テーブルの上にずしりと音が鳴るような小袋を置いた。


「俺を足止めしやがった役人から詫び料を貰ってきたんでね、今夜は派手に飲もうと思ったんだけどな」

「…なるほど」

「仕事が大事な誰かさんは置いて、一人で飲んでくるかぁ」

「…行きましょうか」

 

降参とばかりに両手をあげる私に、シャロンは勝ち誇った笑みを向ける。

 

「少し待ってて下さい」

 

私は二階に上がると、メイド服からいつもの服へ着替える。

そして、階段を降りると厨房に向かった。

 

「店長、迎えが来たので、今日で終わりにさせてもらいますね」

 

店長が厨房の中から、私とシャロンを交互に見る。


「ったくよ、困ったらまた来いよ」

「ええ、お世話になりました」

「客としても歓迎するぜ」

 

最後の言葉に見送られるように二人揃って店を出る。


「そう言えばギルドには行ったのか?」

「いえ、まだですよ」

 

何せ金がなかったのだ。

朝から晩まで、短期間で稼げるブラックコースを選んだのだ。


「俺もまだだから、ちょうどいいな」

「そうですね、それで今夜の店は決まってるんです?」

「来たばっかだからなぁ、とりあえず歩いてみようぜ」

 

繁華街を歩く私達だったが、やはりどこも賑やかだ。

すれ違う人達はみんな気持ちよさそうに酔っている。


そんな繁華街の一画から、リュートの音色が聞こえてきた。

私は足を止めて音の方に顔を向けると、その音色に惹きつけられたように人混みをすり抜けていく。

 

やがて一軒の店に辿り着くと、店の前は閑散としていた。

しかし、中からは途切れる事のないリュートの音が響いている。

 

「おい、急にどうしたんだ?」

「いえ、まずはこの店で一杯どうです?」

 

不思議そうに問いかけるシャロンを尻目に、私は窓からその姿を確認する。

 

「…場末の酒場って感じじゃねぇか」

 

シャロンは可愛い姉ちゃんは期待できねぇなと呟く。


「まぁ、たまには良いじゃないですか」

 

私はそう答えると、扉を開いた。

そこはカウンターとテーブル席が並ぶ狭い空間だった。

 

空席が目立つその席の奥では、小さなステージで吟遊詩人が歌を奏でている。

その特徴的な耳は、彼女の種族を現していた。

 

「へぇ、珍しいな」

 

カウンターに腰掛けたシャロンは、吟遊詩人を眺めながら呟く。


「そうですね」

 

私はこちらに気づいたルナに軽く会釈する。


…アルスはいないんですね。

店内を見渡すが、彼の姿はなかった。


それからしばらく葡萄酒を片手にシャロンと談笑しながら、彼女の詩に耳を傾けていた。


やがて、一つの物語が終わると、店内からまばらな拍手が起こる。

吟遊詩人はそれを嬉しそうに受け取ると、ステージを降りてこちらに歩いてきた。


「こんばんは、エルムの守護騎士さん」

 

ルナは悪戯っぽく微笑むとそう言った。

私が苦笑いを浮かべると、彼女はシャロンに目を向ける。

 

「待ち人は来たんだね」

「ええ、明日ギルドに行こうと思ってます」

「そっか、良かったね」

 

彼女はそう言うと微笑んだ。

 

「リクエストがあれば聞くよ」

「そうですねぇ…っと言っても急には思いつかないですね」

「そっか」

 

彼女は頷くとステージに戻って行った。

 

「エルフってマジやばいくらい綺麗だよな」

 

シャロンは感嘆の声を漏らす。

エルフの容姿は確かに美しいものだ。

だが、ゼロス同盟地域では、それ以上に変わり者が多い事で有名だった。


「あんな美人と、どこで知り合ったんだよ」

 

からかうような視線を向けるシャロンに、私は肩をすくめる。

それからは他愛もない会話を続けていると、ルナがリュートを奏でる。

先程とは違い穏やかな曲調だ。


…エルムの守護騎士ですか。


私はその懐かしい旋律に、耳を澄ますのだった。


 

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