92話 憧れへの誘い

冒険者の街の酒場


「アリス、エルムの守護騎士ですよ」


私は光の勇者と名乗る青年と、吟遊詩人と名乗るエルフに向かって、精一杯の笑顔を向けた。


…ふふ、我ながら完璧な返しですかね。


自分の答えに満足しながら二人を見ると、そこには呆気に取られた表情があった。

どうやら、私の感性はズレていたらしい。


「…ごめん、僕の知らない二つ名みたいだ」

 

エルム?と首を傾げる青年を見ながら、アルマ王国に住む人間にとっては縁遠い物語なのだと理解する。


「…ハーフエルフのお伽噺だね」


さすが吟遊詩人なのか、彼女は平然と答えた。

だが、私を見つめる瞳は何処か冷たく、そして哀れんでいるように見えた。

 

「…大柄の黒騎士だけどね」

「へぇ、面白い子だね」

「…そうかしら?」


そんなやり取りをする二人に愛想笑いを振りまきながら、私は食事を再開した。


「まあ、エルムから来たって事ですよ」


肉を頬張りながら誤魔化すように言うと、二人は納得したように頷いた。


「剣が得意なのかい?」

「まあ、そこそこですかね」

 

残念ながら、私の獲物は砕け散ってしまったのだが、それは言わぬが花だろう。

移民街で買った安物なのだ。


「エルムなら昔行った事がある」


そんな私達の会話をぶった切るように、ルナが言った。

相変わらず無表情なのだが、肉をかじる口だけは忙しなく動いているので、意外と食いしん坊なのかもしれない。


「どんな街だったんだい?」

「街というより巨大な都市だったね。あそこにしかない詩が、いっぱい買えたよ」

 

先程とは一転、楽しそうに語る彼女に、アルスが関心を寄せる。


「エルフの言う昔とは、どれくらい前なのでしょうね?」


彼女達は、悠久の時を生きる種族だ。

その為、時間の感覚も感性も、何もかもが私達とは異なる。


「そうだね、里を出てからだから、百年か二百年前かな」

 

ルナは事も無げに答えると、再び肉を口に運んだ。

 

「ルナと話してると、僕も数百年生きれるんじゃないかって錯覚するよ」

 

苦笑するアルスに、彼女は冷ややかな視線を向ける。

その瞳には、呆れとも取れる色が浮かんでいた。

 

「アルスは、人族だから無理だね」

「あはは、そうだろうね」


やはりエルフの感性は人とは違うのだろう。

彼女は気を使う仕草もなく、バッサリ切り捨てる。

 

「でも、アルスが本当に光の勇者なら、私がいつまでも詩ってあげるよ、神様に届くまでね」

「それは光栄だね」

 

優しくリュートを撫でる彼女に、微笑み返すアルス。


「なぜ、吟遊詩人になったんです?」

 

ルナに興味が湧いた私は、質問を投げかけた。

すると彼女は、リュートを軽く爪弾く。

 

「そうだね、好きだからかな?」

 

至極単純な答えに、それはそうだろうと思うのだが、私は腑に落ちない表情を浮かべていたのだろう。

 

「これがあるから、生きてるって感じるんだよね」

 

そう言うと、彼女はリュートを愛おしそうに撫でる。


…生きてるか。


私は、瞬く間に過ぎ去った二百年を思い返していた。

いつの間にか、空っぽになっていた自分。


冷え切った心と、ズレていく価値観。

もう、あの頃に戻る事は出来ないのだ。


だけど、こうやって旅に出て…。


「それなら、わかります」

 

私は、彼女に笑いかける。


「僕にもわかるよ、憧れや夢だよね」

 

アルスもまた、私に共感を示す。

 

「憧れ…うん、次からはそう言う」


ルナはアルスの言葉を噛み締めると、大きく頷いた。


「僕達は良いパーティになると思うな」

「ああ、パーティのお誘いでしたね」

 

私は思い出したかのように口にすると、チラリとルナを見る。

彼女はその話題には興味がないのか、エールを喉に流し込んでいた。


「試しに組んでみないかい?」

「…なんで、私なんです?強そうには見えませんよね?」


何せ、少女と間違えられる外見なのだ。

現にこんな酒場に、仕事を斡旋されているのだ。


「勘だよ、君とは運命を感じるのさ」

 

思わず吹き出しそうな臭い台詞を吐く彼に、私は苦笑を浮かべる。

真顔でそれを言える神経は、エルフに通じるものがあるんじゃないかと思う。


「今までで二回聞いたね、それ」

 

そんな決め台詞に、ルナはエールを飲みながら冷や水を浴びせた。


「ははは、惨敗したんですね」

 

私は笑顔で固まるアルスに、軽口を叩く。

この様子では、彼は幾度となくフラれてきたのだろう。


私には真似できない芸当だ。

そう思うと、彼が少し魅力的に見えた気がした。


「そんな臭い台詞でついてくる人がいるんですか?」


今まで出会った事のないタイプに、私は面白くなり追撃を食らわせる事にした。


だが、それは思わぬ地雷を踏んだようで、


「…そんな事言う人、初めてだったのよ」


ルナが、私を睨みつけていた。

先程までと違い、明らかに怒っているのがわかる表情だ。


「すみません…」

 

彼らの出会いを察した私は、素直に謝ると、彼女は鼻を鳴らしそっぽを向く。


「ルナと運命を感じたのは真実さ」

「…はいはい、私は気にしてないよ」


彼女の態度に怯む事なく言葉を続ける彼を見て、ルナは呆れるように呟いた。

だが、その表情は柔らかいもので、まるで子供の相手をしているようだ。


そんな彼らを見て、私は楽しそうだなと感じるのだが、


「残念ながら、連れを待ってましてね。パーティには参加できないんですよ」


私にも、軽口を叩き合える友人が出来たのだ。


「…そうか、それなら仕方ないね」


私の言葉を聞くと、彼は残念そうに肩を落とした。


そして、やがて訪れる別れの刻まで、私達は楽しく語り合うのだった。


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