91話 エルムの守護騎士
酒場、それは大人の社交場であり、様々な情報が行き交う場所である。
シャロンとはぐれ、持ち金も寂しい私は、案内されるがままに給仕として雇われていた。
制服がメイド服である事は、気にしてはならない。
明日を生きる金がないのだ。
そして、魔大陸の入口で暴れる程、私は馬鹿ではないのだ。
男達の会話に耳を傾けているうちに、わかった事がいくつかあった。
まずこの冒険者の街は、魔の森を開拓した公爵領の都市である事。
それを示すように、街を隔てる城壁の先には、公爵の城がそびえ立っていた。
そして、二つ目に魔大陸と繋がる魔導列車だが、主に物資を輸送しており、その合間に貴族を乗せているらしい。
冒険者はと言えば、月に一度、ギルドに認められた者が乗り込めるらしいが、王家が大々的に人材を募集した為、現在は順番待ちの列ができてるらしい。
…ギルドに認められるってなんだろうな?
この街に着いて、すぐに酒場に住み込みになった為、私はまだ冒険者ギルドにさえ、行けていなかった。
そんな事を考えていると、客の一人が声を上げた。
どうやら注文のようだ。
私はテーブルに駆け寄ると、営業スマイルを浮かべる。
「随分、可愛い給仕さんが来たね」
金髪に青い瞳の優男は、微笑むと口を開く。
「あんたは口を開く度に、女性を口説くんだね」
横に座る特徴的な髪色の女性は、無表情のまま告げた。
「ご注文をどうぞ」
私は彼の軽口を無視すると、淡々と告げた。
酒場の社交辞令に付き合っていたら、この仕事は出来ないのだ。
そして、私はまだクビになるわけにはいかないのだ。
ただそれよりも、横に座る女性に目を奪われていた。
…エルフですか。
エメラルドグリーンの髪に長く伸びた耳。
例外なく整った顔立ちに、均整の取れた身体つき。
そんな彼女の横には、リュートが置かれていた。
「…吟遊詩人?」
「あら、私を知ってるの?」
私が呟くと、彼女は微笑みを浮かべて首を傾げた。
「いえ、エルフの方がリュートをお持ちなのが珍しかったので…」
「ふふ、そうだろうね」
何が面白いのか、彼女は笑みを深くする。
まあ、エルフの感性は人には理解し難いものなのだ。
「ラガーはあるかな?キンキンに冷えたやつが良いんだけど」
そんな私達の会話など気にせず、彼が口を開いた。
冒険者にしては珍しく端正な顔をした青年だ。
金色の髪は綺麗に整えられており、腰には装飾の施された剣が下げられている。
「ございますよ」
私は営業スマイルを向ける。
「私はエールがいい」
「料理はそうだな…」
彼らの注文を聞き、代金を受け取った私は厨房に向かう。
「ラガー、エール、牛肉のソテー単品で!」
「あいよ!」
私が注文を投げると、厨房からは元気よく返事が返ってきた。
「お嬢ちゃん、エールのお代わりくれや」
「はい、かしこまりました」
店内ではあちこちから声が上がり、慌ただしく時間が過ぎていく。
「お待たせしました」
しばらくして、先程の二人の料理を持っていった。
「ありがとう」
金髪の青年は、和かに微笑んだ。
「おいしい…」
横に座るエルフは、そんな彼とは対照的に、既に料理を口に運んでいた。
彼女がフォークを動かすたびに肉汁が溢れる音と香ばしい匂いが辺りに漂う。
私も早く食べたいのだが、仕事はまだ終わらないのだ。
そっとテーブルを離れようとしたのだが、
「君も一緒に食べないかい?」
「私は高いですよ?」
この酒場は、給仕の指名ができる少し特殊な店だった。
なので、客に気に入られれば、その分だけ報酬が増える仕組みになっているのだ。
「はは、構わないよ」
「では、店長に聞いてきますね」
初めての指名に、私は浮かれながら踵を返す。
なにせ、金がないのだ。
「店長、指名入っても良いですか?」
「おう、新入りだな!行ってこい!」
上機嫌な声に背中を押されるように、席に戻る。
「宜しくお願いします」
席に着きながら声をかけると、二人は何杯目かの酒をあおったところだった。
「好きなものを頼んで構わないからね」
「では、お言葉に甘えて…」
私は同僚を呼ぶと、葡萄酒と肉料理を注文する。
「僕はアルス、光の勇者さ」
彼は爽やかな顔で、明らかな嘘をつく。
「ルナ、ただの吟遊詩人だよ」
彼女はエールを口に含むと、呟いた。
「…アリスです」
「ただのアリスかい?」
「ええ、それが何か?」
彼の言葉に私は首を傾げる。
そんな私を見て、ルナはクスリと笑った。
「あんた、冒険者なんだよね?」
「この街のギルドには行ってませんが、そのはずです」
その言葉にアルスは驚いた表情を浮かべた後、楽しげに笑った。
「ああ、そういう事かい」
「ここが、どういう場所か知らなかったみたい」
どこか見下すような彼女の言葉に、私は眉を顰める。
「…酒場では?」
「うん、そうだね」
「そうね」
二人は私の言葉に頷くと、説明を始めた。
「ここはね、パーティを募集する酒場なのさ。ソロの冒険者が安全に日銭を稼ぎながらね」
「この酒場は、可愛い女の子限定のようだけど?」
ルナはアルスに冷めた視線を送ると、ため息混じりに続けた。
「もしかして、指名というのは…」
「パーティに合うか確認するのさ」
つまりは面接のような物だろうか?
それならば、合点がいく。
指名を受けた女の子が、たまに店を辞めていたのだ。
…愛人契約が、成立したのかと思ってましたよ。
入ってまだ数日の私は、完全に誤解していたようだ。
そして、どうやら彼は私の実力を測る為に、声をかけたようだった。
「だから、自己紹介にはアクセントをつけるのさ」
「…光の勇者とかですか?」
私は疑うような視線を送るのだが、彼は気にする事なく髪をすくようにかきあげた。
イケメンをアピールしたいのだろうか、白い歯を輝かせて笑う姿は、実に胡散臭い。
「僕に相応しい二つ名だろ?」
そして、彼は得意げに言った。
…これが残念なイケメンというやつですか。
いつもの事なのか、無関心なエルフを横目に私は思うのだった。
「そうですねぇ…」
だが、どこか嫌味を感じないアルスに私は笑みを返すと、言葉の続きを思案するように一呼吸。
「アリス、エルムの守護騎士ですよ」
こんな馬鹿な空気が感じたかったんだと表すように、明るく口にした。
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