90話 冒険者の街
「いらっしゃいませー」
私は営業スマイルを浮かべると、来客を出迎える。
ここは、冒険者の街と呼ばれる都市の酒場。
訪れる客は、魔大陸で一旗上げようと集まる冒険者達。
そんな彼らを見ながら私は、注文された酒と料理を運ぶ。
なぜ、こんな事になってるかと言えば…。
…
……
………
「ほらよ、そいつに魔力を流してみな」
馬車が辿り着いた先は、山の麓にある都市だった。
城壁を抜けた先で降ろされた私達は、一室に案内される。
そして、事務的に渡された銅のカード。
「魔力も流せないようなやつは、別室だ」
教官のような男が、私達を品定めするように眺めた後、試すように告げる。
横を見れば、短い旅を共にした二人がカードを片手に血管が浮き出るほど、拳を握り締めていた。
そんな彼らを他所に、私はカードを指で掴むと、軽く魔力を注ぐ。
すると、カードは赤みを帯びた。
それを見て、教官風の男は満足そうに頷いた。
「あんたは合格だな」
そして、二人の男を見た後で、言葉を続ける。
「あんたらは不合格だ、基礎から鍛えてもらうぜ」
教官風の男が目で合図を送ると、後ろに立つ兵士達が、二人を部屋から連れ出そうとする。
「ま、待ってくれよ!俺達だって」
「ダメだ、魔力の扱いもろくに出来ないやつは、無駄死にするだけだ」
「そ、そんな……」
二人は兵士に連れられ、部屋から消えた。
残った私は、彼に問いかける。
「二人はどこへ?」
「基礎訓練からだ」
どうやら、来た道を送り返されるわけではないらしい。
「ここに来るやつは、貴重なんだよ」
「ああ、狂人か一歩手前の馬鹿しかいないって聞きましたね」
私はソラの言葉を思い出す。
「はははッ、そいつは最高の褒め言葉だな」
「褒めてるんですかね?」
彼は、乾いた笑みを浮かべる。
「技術は鍛える事ができるさ。だけどな、心は簡単には鍛えれねぇんだよ」
「心ですか?」
「そうだ、心が弱いやつはすぐに死ぬ。後ろが崖だと気づかずに下がっちまう」
「よくわかりませんね」
「はははッ」
彼は、ただ豪快に笑った。
「これは魔道具です?」
「ああ、ギルドカードっていう魔道具だ。詳しい事は、ギルド職員に聞くんだな」
「なるほど」
私は、それを内ポケットにしまう。
「…他に聞きたい事は?」
「途中の冒険者ギルドで、連れとはぐれてしまったのですが…」
私の言葉に、彼は顎に手をやると、考え込む仕草をする。
「…あんたの仲間は、ステータスが開けるのか?」
「ええ、それが何か?」
「おいおい、賢者の書に触れられる身分なんて、限られてるんだぜ」
彼は呆れたように肩をすくめると、言葉を続ける。
「それとも、あんたの仲間は、アルマ王国以外から来たのか?」
「いえ、違いますね」
「なら、はぐれ騎士か貴族様だろ。今頃、面倒な手続きをくらってるはずさ」
「そうですか…」
そういえば、特別休暇で帰ってきたと言っていた。
「名前は?来たら、伝えといてやるぜ」
「…シャロンです」
「シャロン?女か?」
「ええ」
「まさか、殲滅卿じゃないだろうな」
そう言うと、再び豪快に笑うのだった。
…殲滅卿?
初めて聞く単語に首を傾げながらも、私は一つの疑問が浮かんでいた。
「魔大陸には、どうやって行くのです?」
「ああ、この街の奥にな、魔大陸まで繋がる洞窟があるのさ」
「…洞窟ですか」
…暗い、汚い、虫がいる。
私はそれを想像して、顔を引きつらせる。
「…安心しろ。今は魔導列車っていう便利な乗り物があるからな」
「列車ですか!?」
実に文明的な響きに、私は目を輝かせる。
魔力を動力源に走るのだろうか?
私の胸は、高鳴り始める。
「わかるのか?ここにしかないはずなんだが…」
「いえ、エルムから来たので、聞いた事があるだけで…」
「…エルム?ああ、最近来るやつらの国か」
どうやら彼には馴染みのない地名のようで、しばらく考え込んでいた。
「列車はどこに行けば、観れるのです?」
シャロンが来るまで、時間を潰そうと思った私は、彼に問う。
「…あのなぁ、貴重な魔導列車が、簡単に観れるわけないだろ」
呆れた表情を浮かべると、ため息をついた。
「乗る為の条件もあるし、最短でも三ヶ月待ちだぞ」
「…三ヶ月?」
「ああ、生活費はあるよな?」
私は、重さを感じない腰袋を確認する。
「…ないみたいです」
「…おいおい」
彼は信じられないといった表情で私を見る。
だが、事実なのだ仕方ないだろう。
王都の罠で、金を失ったのだ。
「…はぁ、とりあえず衣食住が揃ってるとこを紹介してやるよ」
こうして、私は酒場に就職する事となるのであった。
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