85話 王都の罠
王都アルマ 一室
酒とは罪深きものである。
酔わせては気を大きくさせ、金を巻き上げる。
そして、記憶を奪うのだ。
私はソファの上で目を覚ました。
テーブルの上には空の酒瓶が数本転がっている。
失った記憶の欠片が、断片的に脳裏に浮かび上がる。
ベッドの上では酔い潰れたシャロンが外着のまま、幸せそうな顔で眠っていた。
昨夜はあれから何件かはしごをして、馬鹿になった頭で宿屋に入ると、二人で更に酒を飲んだのだ。
…それにしても、頭が痛い。
二日酔いなのだろう。
水差しからコップに水を注いで一気に飲み干すと、少しだけ頭痛が和らいだ気がした。
窓の外に目を向けると、強い日差しが入り込んでいるのが見えた。
もう昼近くなのだろう。
シャロンを見れば、だらしなく口を開けて寝ている。
小ぶりだが形の良い双丘が、呼吸に合わせて上下していた。
「…シャロン」
頭の痛みを堪えて声をかけるが、起きる気配はない。
「…はぁ」
こんなので魔大陸帰りなのかと思い、ため息が出る。
「…試してみますか」
私は彼女に向かって、殺気を放った。
シャロンの身体がビクンッと震える。
「…おい、やんのか?」
寝ぼけ眼で、ゆっくりと起き上がった彼女は、辺りを見渡してから私を睨みつける。
その右手は、腰に下げた銀の筒に伸びていた。
「こっちの方が、効果的でしたね」
「ふざけた起こし方しやがって…」
そう言って立ち上がると大きく背伸びをした。
「お腹が空きました…あと頭が痛いです」
「ったく、ガキかよ」
私の注文に、シャロンは呆れたように返事をすると、身なりを正し始めた。
「とりあえず、出ようぜ」
「そうですね」
私は頷くと、部屋を出た。
シャロンと共に階段を降りると、カウンターに座る女主人と目が合う。
「ああ、あんた達かい」
宿屋の女主人は私達を見ると、愛想笑いを浮かべる。
「宿代は払ってあったよな?」
「じゃなきゃ泊めないわ」
女主人は笑って言った。
どうやら泥酔はしてても、常識が支払いを済ませてくれたようだ。
私とシャロンは礼を言うと、宿屋の扉を抜けた。
賑やかな通りに出ると、人の流れに身を任せるように大通りを進んでいく。
屋台から香ばしい香りが漂ってくる。
「屋台で買いません?」
「そうだな」
私は適当に屋台で買い込むと、近くに見えていた広場に向かう事にした。
大きな噴水があるそこは、市民の憩いの場になっているようだ。
そんな場所で空いている芝生を見つけると、腰を下ろす。
手にした串焼きをシャロンにも渡すと、残ったそれを頬張った。
脂身の少ない肉だったが、塩味がきいていて旨い。
隣では同じものを食べていたシャロンが、満足そうな表情を浮かべている。
「そういや、今日はどうする?」
「冒険者ギルドには行かないんです?」
「おいおい、せっかくの王都だぜ?女はいいのかよ?」
彼女は下品な笑みを浮かべると、そう言った。
「…お金あるんですか?」
昨夜、高級店で散々豪遊したのだ。
私が尋ねると、彼女は腰袋から金貨を取り出して見せた。
それを受け取って枚数を確認する。
「金貨3枚ですか…」
「くそッ、使いすぎたッ」
後悔を口にする彼女を一瞥すると、私は呆れながら、残りの肉を口に運ぶ。
「おい、アリスはいくら持ってるんだよ」
彼女は、悔しそうに聞いてきた。
私は腰袋を取り出すと、軽くなったソレを彼女に投げつける。
「…王都とは恐ろしい街ですね」
「おまえ…」
「…覚えてないんですか?それぞれ好きな店に行こうって、一回別れたじゃないですか」
そう言うと、彼女が頭を抱えたのがわかった。
「…ちょっと、高級娼館に行ってきました」
「なに一人で楽しんでるんだよ!?」
私の言葉に彼女は噛みつくように叫んだ。
その声に行き交う人々が、こちらに視線を向けた。
だが、すぐに興味を失ったのか、何事もなかったかのように通り過ぎていく。
「うるさいですよ、痴女さん」
「誰が痴女だ!」
思わず大声を上げたシャロンに、周囲からまた視線が集まる。
小さな女の子からも見られていたせいか、さすがに恥ずかしくなったらしく、俯くと頭を掻いた。
「…おまえ、よくそれで今まで生きてこれたな」
「…ええ、まったくです」
私は空を見上げる。
いつもと変わらず、ただ青空が広がっていた。
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