84話 王都の夜

王都アルマ 繁華街。


月夜に照らされる歓楽街の通りは、幻想的な雰囲気に包まれていた。

派手な衣装と化粧をした女性達が、艶めかしい声で、男達を誘惑している。


そんな色町の一角にある飲み屋の一つに、私達は来ていた。

飲み屋と言っても、場末の酒場とは違った高級感漂う内装だ。


店内にはソファとテーブルがいくつも並べられ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

そして、胸元を大胆に開けたドレス姿の女性が、男達の横に座っていく。

そんな店の奥で、一際目を引く美少女がいた。


「…キャバクラですか」

 

女給に案内された席に腰掛けるなり、私は呟いた。

 

「きゃばくら?」

 

正面に座ったシャロンは首を傾げた。

 

「いえ、エルムにも似たような店があったので…」

「ふぅん」


そんな彼女は、メニューに目を通すと酒を頼む。

私も注文すると、店員の女性はすぐに去っていった。

 

「ここは揉めるんだぜ?」

「…なるほど」

 

彼女は下品な笑みを浮かべると、手で胸を揉む仕草をする。


…そこに立派なのが、ついてるじゃないですか。

 

もちろん、そんな事は口にはしないのだが。


しばらくすると、グラスが運ばれてくる。

中には透き通った琥珀色の液体が入っていた。

どうやら、果実酒のようだ。


早速、口をつけると芳醇な香りが鼻から抜け、酸味の後に、優しい甘みが舌の上に広がった。

 

「おい、胸のデカい子を頼むぜ」

 

向かいの席に座る彼女は、女給にそう告げると、ニヤついた顔をこちらに向ける。

私が小さくため息をつくと、彼女は愉快そうに笑った。


やがて、ドレスに着飾った二人の女性が、こちらに歩いてくる。


一人は、露出度の高い服から豊満な胸が溢れそうになっているにも関わらず、品の良い顔立ちをしていた。

 

「失礼します」

 

彼女は、シャロンの横に腰掛けると微笑んだ。

 

もう一人はスレンダーな体型だが、肉付きが良く健康的な印象を受ける美人だった。

 

「宜しくお願いしますね」

 

彼女は私の隣に腰掛けると、笑顔で挨拶する。

 

「どうも」

 

愛想笑いを返すと、彼女は笑顔のまま会釈した。

私の前に座るシャロンは、談笑しながら、女性の腕に抱きついて密着していた。


…さすがですね。

 

その姿に感心しながら、琥珀色の酒を一口飲む。

 

「私はローリアと申しますが、お客様は?」

 

さすが接客業をやっているだけあってか、流れるような動作で自己紹介を終えると、私を見た。

 

「…アリスですよ」

「まあ、外見どおりに可愛らしいお名前ですね」

 

そう言って微笑むローリアは、とても綺麗だった。

そして、胸元に視線を移せば、見事な谷間が顔を覗かせている。


「あら?」

 

私の視線に気が付いたのか、今度は小悪魔のような笑みを作る。

 

「意外に大きいでしょ?」

 

彼女は私に密着すると、自分の胸を私の腕に押し当てた。

柔らかな感触が伝わる。

 

「ええ、弾力も…」

「アリスちゃんもすぐ大きくなるわよ」

 

その一言に、私が困った顔を浮かべていると、彼女は私の顔をまじまじと見つめる。

 

「嘘ぉ、男の子?」

「…そうですよ」

 

驚きの声を上げる彼女に、肯定してみせると、再び顔を近づけてくる。

香水だろうか、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「やだぁ、お人形さんみたいに可愛いぃ」

 

そう言いながら、私に抱きついて来た。

さらに、耳元で囁くように、吐息混じりの声を出した。

 

「…おねぇさんも飲みたいなぁ」


…なるほど。

これはプロですね。


私は、シャロンの方を見る。

支払いは彼女に投げたいのだ。


だが、シャロンは隣に座る女性の豊満な胸を揉みながら、馬鹿笑いで会話を楽しんでいた。

テーブルにはいつの間にか、空になったグラスが何個も並んでいる。


…おい。

 

思わず悪態をつきそうになる気持ちを、必死に抑える。

こうなれば、取る手段は一つだ。

 

「ええ、好きなだけ飲んで構いませんよ」

「やったぁ!気前のいい子は好きよぉ」


ローリアは私の腕に胸を当てたまま、片手で女給に合図を送った。

テーブルには、すぐにローリアのグラスが置かれた。


「ねぇ、乾杯しましょう?」

 

嬉しそうに言うと、そのままグラスを手にして、差し出した。

私もそれに応じると、彼女のグラスに近づける。

 

ガラス同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響くと、私達はそれぞれのグラスに口付けた。


「アリスちゃんはどこから来たのかな?」

「北ですね、ずっと北のエルムという国ですよ」


わかるわけがないと思いつつも答える。

ローリアは少し考える仕草をすると、

 

「ハーフエルフの国よね?アリスちゃんってハーフエルフ?」

 

と尋ねてくる。

 

「いいえ、でも、よくエルムを知ってますね?」

「ふふ、おねぇさんは物知りなのよ」


…なるほど。

彼女はプロだ。

いつの間にか、空になったグラスに酒が注がれている。


「では、魔大陸は知ってます?」

「うーん、新大陸の事よね?」

 

少し考えるとローリアは答えた。

 

「…新大陸?」

「あ、そっかぁ、アリスちゃんは冒険者なのね?」

 

合点がいったように手を叩くと、人差し指を立てて見せた。

 

「エルムで募集を見ましてね、冒険者には、これからなるんですよ」

 

私は注がれたグラスを手にすると、それをあおった。

 

「そっかぁ…」

 

ローリアは思案顔で頷く。

 

「新大陸とは魔大陸の事ですよね?」

「うん、大昔に見つかって、たくさんの人が移民したけど…誰も帰って来なかったのよ…」

 

彼女は、まるで昔を思い出すように呟く。

それは、どこか悲しげでもあった。

 

「そりゃ、魔大陸なら生きて帰ってこれないでしょ」

 

光の勇者の物語では、有名な大陸なのだ。

 

「あははっ、みんな新大陸としか聞かないで、行ったのかもね?」

 

ローリアは、楽しげに笑う。

だが、彼女の瞳の奥には、違う色が浮かんでいた。

 

私は、それに気づかないフリをして会話を続ける。

一夜の出会いなのだ。

深入りはしない方がいいだろう。


そんな事を考えていると、店内の灯りが薄暗くなった。

そして、リュートの音色が静かに響く。

 

「あれは?」

 

壁際を見れば、楽器を手にした女性が演奏を始めるところだった。

 

「吟遊詩人よ」

 

ローリアは囁くように言うと、うっとりとした顔で私に抱きついてきた。

私はどこか懐かしい音色を奏でる、吟遊詩人を見ていた。

 

その女性は、暗いせいで髪の色はわからないが、特徴的な耳をしている。

時折見せる鋭い目つきからは、妖艶な美しさを感じた。

 

「…エルフ?」

 

だが、私の疑問にローリアは答える事はなく、耳元に唇を寄せてきた。

 

「ねぇ、店内が暗くなった今は、サービスタイムなのよ?」


囁き声に視線を向けると、彼女は私の肩に手をかけて顔を寄せていた。

そして、蠱惑的な笑みを浮かべている。


「…なるほど」


こうして王都の夜は、更けていくのだった。

 

 

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