86話 距離感
王都アルマ 路地裏の一角
シャロンと仲良くなってきたと感じていた私は、選択肢を間違えていた。
「ねぇ、ちょっと強盗しません?」
「…あ?」
唐突な私の提案に、シャロンは怪訝そうな顔をする。
私達は、人気の少ない路地裏を歩いていた。
「まだ酒が抜けてねぇのかよ」
「はは、ただの民家ならバレませんよ」
私は人との距離感を掴むのが苦手だ。
だから、口が悪く、荒っぽい彼女との距離感を間違えていた。
「チッ、てめぇとはここまでだな」
彼女は吐き捨てるように言うと、路地裏の先へと進んでいった。
私はその後を追いかけると、彼女の腕を掴んで引き止めた。
彼女の視線が鋭くなるのがわかる。
「…離せよ、俺は屑が嫌いなんだ」
「…冗談ですよ」
私は精一杯の笑顔を作り、彼女との距離感の修正をしようとした。
シャロンはその端正な顔で私を見つめると、小さくため息をついた。
「ったく、ソラみたいなやつだな…」
そう言いながら、私の頭に手を置くと乱暴に撫で回す。
「てめぇがイカれてんのはわかったけどよ、二度と口にすんなよ?」
「…ええ」
再び歩き出す彼女の背中を見つめる。
——上手くやってくださいね
ルルなら呆れた顔を浮かべて、そう言うだろうか。
そんな事を考えながらも、シャロンの後を追いかけていくのだった。
しばらく歩いて行くと、城壁が見えてくる。
その門の前には、鎧姿の兵士が立っていた。
「貴族街?」
「ああ、冒険者ギルドに行くんだろ?」
疑問を口にした私に、シャロンは答えた。
そして、そのまま門の前にいる兵士に近づく。
「ご苦労さん」
彼女は、兵士にステータスを表示する。
「はっ!シャロン準男爵、どうぞお通りください!」
兵士が敬礼をすると、門の脇に取り付けられた扉を開く。
その先には広い道が真っ直ぐに続いていた。
私もシャロンに続き、懐かしき貴族街に一歩を踏み出した。
「疑問が二つあります」
「なんだ?」
歩き出した私は、隣を歩くシャロンに人差し指を立てると、口を開いた。
「冒険者ギルドが貴族街に?」
昔はなかった気がするのだ。
「ああ、本部だけどよ、王都じゃそこしか知らないんでね」
「…なるほど」
まあ、二百年くらい経つのだ。
街並みも変わるのだろう。
そんな事を考えつつ歩いていると、目の前に立派な教会が見えてきた。
…これも知らない建物だ。
「これは?」
「ん?フォルトナ正教の教会本部だな」
「ああ、聖女様に導かれてとかいうやつですか」
どこか胡散臭さを感じる宗教だ。
そんな私の考えを見透かしたのか、シャロンは鼻で笑った。
「ったく、ふざけた事してくれたもんだぜ」
シャロンの呟きに首を傾げる。
「知らねぇのか?聖女様が魔大陸を見つけちまったせいで、今があるんだぜ?」
「へぇ…」
珍しく声を潜めたシャロンに、私は気のない返事をする。
私達は教会の横を通り過ぎ、更に奥へと進む。
「聞きたい事はそれだけか?」
「ああ、準男爵ってなんです?」
——アリスちゃんに、次の質問。五等爵を答えなさい
私の知らない爵位なのだ。
「手柄を立てたって言っただろ?そのおまけよ、おまけ」
「…はぁ」
いまいちピンとこない。
私が首を傾げていると、シャロンは得意気に説明を始めた。
「俺みたいに爵位もねぇのに貴族の義務で魔大陸に出されるやつが、手柄を立てると貰えるのさ」
「…なるほど」
「領地もない名ばかりだけどよ、わかるやつにはわかるんだよ」
彼女はそう言って楽しそうに笑う。
つまり生還率の低い激戦区で、武勇を上げた歴戦の強者の証と言ったところだろうか。
そんな話をしている間に、道幅が広くなり貴族御用達の商店街が姿を見せる。
私はその一つの店先で足を止めると、店内を覗き込んだ。
そこには懐かしいメイド服が、並んでいたのだ。
ゴシック調の様々なデザインで溢れている。
「…アリス ブランド?」
私は看板に記された文字を読むと、訝しげに呟いた。
「なんだ?男の癖に、そんな服に興味があるのか?」
後ろから覗き込むように顔を出したシャロンが意外そうに呟く。
その言葉に少しだけ傷つきながらも、私は視線をそらす事なく見つめた。
「…違いますよ、ただ懐かしくてね」
そう言って、自嘲気味に笑うと、私は歩き出した。
残されたシャロンは、メイド服と私を見比べると、顎に手を当てて考え込むのだった。
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