80話 シャロンと門兵


旧ノース侯爵領 中部


巨大な蟻の魔物を討伐した私達は、身なりを最低限整えると、また馬車に乗り込んだ。


「おいおい、あんな硬いやつを素手で倒すとか、マジでやべぇな!」

 

シャロンが私の背中を叩きながら、豪快に笑う。

 

「あれを素手で?」

 

ソラは、和やかな笑顔で首を傾げる。

レインは煙草に火をつけて、興味なさげに窓の外を眺めていた。

 

「ふむ…」

 

バロックは私の小さな手を握ると、まじまじと観察する。

 

「…わからん」

 

そして、彼は手を離した。

 

「二度とやりたくはないですね、感触が最悪です…」

 

私は自分の手を見つめながら呟いた。

 

「あははッ、やっぱそうだよね!」

 

ソラは楽しそうに笑う。

 

「シャロンの武器は便利そうですよね?どこで売ってるのです?」


魔導錬成というのは聞いた事がない。

興味本位でシャロンに聞いてみると、レインが僅かに反応を示した。

 

「ああ、こいつは王家からの支給品だ。魔大陸に行けば貰えるぜ」

 

腰に下げた銀色の筒を抜き取り、こちらに見せるシャロン。

 

「なるほど…」

「…俺の大切な相棒さ」

 

私の呟きに、なぜか悲しそうな顔で答える。

 

「俺もそいつがあれば、あんな虫ども叩き斬ってやるんだがなぁ」

 

バロックが心底残念そうに、彼の相棒である大剣を撫でた。

 

「僕は、これで充分ですけどねぇ?」

 

そう言って、ソラは自分の剣を軽く持ち上げてみせる。

 

そんなやり取りをしながらも、馬車は王都へと走り続けていた。

しばらくして話題が尽きた私達は、それぞれの時間を過ごし始める。


私は窓の外の変わらぬ景色を眺めながら、先ほどの戦闘を思い出していた。


…やはり魔力がないと不便ですね。


そして、横で紫煙をくゆらせるレインと目が合う。


「あなたは、魔法が得意なのですね?」


威力はそれほどでもなかったが、無詠唱で魔法が放てるのは、実に実践向きなのだ。


「…そうでもないさ」

 

だが、レインは私の言葉を否定すると、脇に差した長剣の柄に手を置いた。

 

「…へぇ、じゃあ、次は任せても良いですか?」

 

何せ獲物がないのだ。

素手でまたあれを殴るとか、考えたくないのだ。

 

「フッ、次があれば余程、運が悪いな…」

 

彼の言葉に、私は首を傾げる。

 

「いくら手が回らないとは言え、二回も遭遇するなんてな」

「よっぽど俺達が、美味しい匂いでも出してたのかなぁ?」

 

レインがそう呟くと、バロックも同意するように豪快に笑った。

 

「…煙草のせいじゃないですか?突き落とします?」

「フッ…」

 

ソラの挑発にレインは鼻を鳴らすと、二人の視線が火花を散らす。


「おいおい、あっちじゃ、こんなの日常だぜ?」

 

シャロンは呆れたように言うと、床に寝転ぶのだった。


やがて日が暮れ始め、夕暮れ時になった頃、ようやく前方に城壁が見えてきた。

遠くに見えていた山も近くなり、空も薄暗くなっている。

 

門の前は静かで、兵士達は暇そうにあくびなどしていた。

その様子を見ながら、私達を乗せた馬車はゆっくりと進んでいく。


馬車が止まり、御者が身分を示す。

 

「じゃあ、俺が…」

「待てよ、兄貴」

 

バロックが兵士の元へ向かおうとするが、シャロンがそれを止めた。

 

「…兄貴に任せたら、また野宿だ。俺がやる」

「また野宿は嫌だなぁ」

 

シャロンの言葉に、ソラが剣の柄を撫でながら頷く。

 

「お、おまえ達!?馬鹿な事はするなよ?」

「任せろよ、兄貴。伊達に魔大陸で生き残ったわけじゃないぜ?」

 

シャロンはそう言って、馬車を降りた。

 

「…血の雨が降りますかね」

 

私は、御者の席に顔を出しながら面白そうに呟く。


彼女は馬車の前に立つ兵士達に向かい、ゆっくりと歩き出した。

その足取りは、いつものガサツさを感じさせない程、優雅だ。

私は意外な彼女の姿に驚くと同時に、その歩みを見つめる。

 

「ご苦労様です」

 

そして、聞いた事もないような丁寧な口調と笑みで話しかけた。


…誰だ?あれは?


「は、はい!ありがとうございます!」

「これで、よろしいでしょうか?」

 

シャロンの美貌に見惚れる兵士達にステータスを示すと、彼女は困ったような表情を向ける。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

兵士は慌てた様子で敬礼すると、門を開けるよう部下に指示を出した。


「あの…長旅で汗を流したいのですが、良い宿をご紹介して頂けないかしら?」

 

彼女はそう言うと、兵士の手をそっと握る。

 

「や、宿ですか?」

「ご案内して下さいませんか?」

 

そう言って、更に一歩近づくと上目遣いで見上げる彼女。

それを見た兵士が、顔を真っ赤にして何度も頷いた。


…なんですか、あれは。


私がそんな事を思っている間に、城門が開かれた。

先程の兵士が顔を赤くしながら、馬車を先導する。


シャロンは、こちらに振り向くと、馬車に向かってゆっくりと歩いて来た。

その姿は、初めて出会った印象そのままだ。

その美貌は、どこかの国のお姫様と言われても違和感がないほどに、整っている。


そして、私と目が合うと、彼女は口元を歪ませた。


「阿保ぅが…」


煙草の匂いと共に、背後でそんな声が聞こえた気がした。



 

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