81話 旅館

外周城壁内


「ガハハハハッ!!」

 

私の目の前で、その端正な顔を歪めながら、豪快に馬鹿笑いをするシャロン。

私はそんな彼女を横目に見ながら、グラスに入った葡萄酒に口をつけた。


ここは外周城壁内にある旅館だ。

シャロンの色香に惑わされた門番の兵士に、案内されたともいう。


そして、私達は2つの個室と1つの大部屋に分かれた。


「僕以外に、誰が大将を守れるんですか?」

 

個室に真っ先に駆け込んだソラは、2つ並んだベッドの片方に寝転ぶと、呆れる私達を見つめながら言った。

 

「俺は、こいつらと大部屋で良いぜ」

 

レインはそう言いながら、兵士達を連れて大部屋に入って行く。

私もそれに続こうとしたのだが、何故かシャロンに引き止められた。


「俺達は、こっちの部屋を使おうぜ」


そして部屋に入り、今に至るのだ。


「どうだ?俺のツラは、なかなか便利だろ?」

 

シャロンは相変わらず、下品な笑みを浮かべていた。

美人が完全に台無しである。

 

「まさか、色仕掛けで魔大陸を生き抜いたとか、言いませんよね?」

「馬鹿言うなよ、気に入らねぇやつはこうやって油断させて…」

 

そう言って、彼女は親指で首を切る仕草をした。

 

「なかなか物騒な場所ですね」

 

私は溜息をつくと、自分のグラスに葡萄酒を注ぎ足した。

 

「…楽しそうって顔してんな」

「…楽しそう?私が?」

「ああ、口元が笑ってるぜ」


シャロンに言われて、慌てて口元に手をやった。

確かに、無意識に笑っていたようだ。


「イカれてるやつは、大歓迎だぜ」

「別に狂ってなんかいませんよ」

 

私は溜息混じりに答えると、葡萄酒を飲み干した。

そして、ふとある事を思い出す。

 

「そういえば、あなたの武器を見せて下さいよ」

 

そう魔導錬成という未知の技術だ。

どんなものなのか興味があった。

 

「ん?ああ、これか」

 

彼女は腰から銀色の筒を抜くと、私に差し出した。

手に取って観察するが、特に変わった様子はない。

先端には蓋がされており、筒の太さはちょうど私の親指2本分くらいだ。


「これが武器なのですか?」

 

筒を軽く振ってみるが、液体が揺れる音がしただけだった。

 

「錬金術で作るらしいぜ」

「…へぇ、開けても?」

「契約者しか使えないから、中身が溢れるだけだぞ?」

「なるほど…」

 

これ以上わかる事はないと考えると、シャロンに返した。


「風呂でも入るか、部屋付きだったよな」

 

彼女は、筒を腰に差すと立ち上がる。

私は頷くと、一緒に部屋の奥の扉を開けた。

 

どうやら、この宿屋では温泉が楽しめるらしい。

個室の横に隣接された小さな露天風呂がある。

2人くらいは入れそうな広さで、岩で囲まれた浴槽からは硫黄の匂いと共に湯気が立ち上っていた。

 

「俺が先で良いか?」

「一緒に入るというのは?」


私の提案に、シャロンはすぐに右拳で返答した。

身体を半歩下げてかわすと、ニヤリと笑う彼女に、肩をすくめて見せる。

 

「では、なぜ一緒の部屋に?」

「あぁ?一緒に旅すんのに、毎回別の部屋に泊まるのか?」


どうやら彼女の思考は単純で、他意はないようだった。


「…覗くなよ?」

「覗きたくなったら、堂々と扉を開けますよ」

「タチが悪ぃヤツだな」

 

シャロンは、そう言いながらも笑っている。

私達は、そんな会話を交わしながら別れた。


私は部屋に戻ると、ベッドに横になる。

目を瞑り、意識を内側に向けた。

魂の器が、深い闇の中に浮かび上がる。


水晶のようなその器は、内側から鈍く光を放っていた。

その周りには、六つの光が器の周囲を浮遊している。


…まだ二割というとこですかね。


私はそれを確認すると、まぶたを開けた。

ベッドから立ち上がると、窓際に置かれた椅子に腰掛ける。

そして、テーブルに肘をつくと頬杖をつく。

 

窓の外は暗く、星が輝いている。

それは都市から見えるありふれた星空だ。

だが、なぜか退屈さは感じなかった。


…魔大陸に行けば、全力が出せるかもしれませんね。


ソラやシャロンの話から感じるのは、混沌とした世界だった。


化け物が化け物として、受け入れられる世界。

そんな中なら、俺は無意識に押さえている力を解放できるかもしれない。


「あぁ、楽しみだなぁ」


俺は嫌な笑みを浮かべながら呟く。

窓から吹き込む風が、乾いた口元を優しく撫でた。


それから、しばらくしてシャロンが戻って来た。


湯上がりで火照った身体に、薄い布を羽織っている。

長い金髪は後ろで束ねられ、普段とは違った色気を醸し出していた。

 

「おう、待たせたな」

「いえ」

 

私の言葉に軽く手を上げると、彼女はベッドに座る。


「いい湯だぜ、入ってこいよ」

「そうですね」

 

私は彼女の言葉に頷いてみせると、立ち上がった。

タオルを片手に扉に向かう。


浴場の扉を開くと、蒸気と共に硫黄の匂いが漂ってきた。

私は服を脱ぐと、ゆっくりと湯船に浸かる。

 

身体の芯まで染み渡る温かさに思わず吐息を漏らした。

そして、ゆっくりと手足を伸ばすと目を閉じた。

 

「…最高ですね」

 

ろ過も循環もしていない天然温泉の掛け流しなのだ。


そんな事を考えながら、肩までお湯に沈める。

静かな夜だった。

虫の声と時折吹く風だけが、囁くように響いている。

 

そのまましばらく、ぼんやりと夜空を眺めていたのだった。



 

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