79話 王都への道のり

翌朝


兵士達が野営地の後片付けをして旅支度を整えると、馬車は外周城壁の城門へと走り出した。


「あ〜、久々の野宿だったなぁ」

 

大きく伸びをしながら、シャロンが懐かしそうに肩を鳴らす。

 

「僕は慣れてますけどね」

 

ソラは爽やかな笑顔を浮かべて言った。

私は彼らの会話を聞き流しながら、外を眺めている。

同じように野宿をしてたらしい者達が、城門の前で列を作っていた。

 

「あれは?」

「…冒険者だな」

 

私の疑問にレインが煙草に火をつけながら答えた。

冒険者達の中には、包帯を巻いたり腕や足を失った者など、怪我人の姿が見える。

 

「この辺りは小さな男爵領が点在してるせいで、魔物がそれなりにいてな…」

「ありゃあ、北から来てるやつらだな」

 

レインの言葉をバロックが遮る。

 

北からとは、ゼロス同盟からですか…。

レベルもろくに上げていない連中が、あの大蜘蛛のような群れに遭遇すればどうなるか…考えるまでもないだろう。

 

「随分と手荒い歓迎なのですね?」

 

私が皮肉げに言うと、レインは小さく鼻で笑った。

 

「魔大陸に行く連中が、こんなとこで死ぬなんて、考えてないのさ」

 

そう言って興味を失ったように座ると、煙草を咥えるのだった。


「馬車を止めろ!」

 

そんな中、バロックが御者に声をかける。

そして、冒険者達の前で止まると、

 

「できる限りの手当をしてやれ」

 

と兵士達に命令する。

 

「チッ、時間の無駄だろ…」

「大将らしいですねぇ」

 

シャロンとソラは各々に反応を示す。

レインは黙って、煙草をふかしていた。

 

そんな彼らをよそに、兵士達は慣れた様子で手当てを始めるのだった。

そんな様子を眺めていると、不意にバロックがこちらを見た。

 

「なんで?って顔をしてるな?」

「…そうですかね?」

 

顔に出てただろうか?と思いながら首を傾げると、彼は小さく笑う。

 

「俺にもよくわからんが、こうしたかったのさ」

「阿保ぅが…」

 

レインが、呆れたように紫煙を吐く。

 

「だが、あいつらはうちに金を落とす。あんたのやり方は、間違っちゃいない」


地理上、ゼロス同盟から来る冒険者は、ほぼ必ず交易都市ガレオンに寄る事になる。

レインは、それを指摘してるようだった。


「うちの都市の評判を上げるには、いい機会だ」

「なるほど、合理的ですね」

 

私は感心したように言うと、レインは薄く笑う。

 

「…そんなんじゃないさ」

「だから、阿保ぅと言ってる」

 

バロックの言葉に横槍を入れるように、レインが口を挟んだ。


やがて、治療を終えた兵士の一人が戻ってくる。

バロックはそれを確認すると、再び馬車を走らせるのだった。


城門を抜け、王都に向かって南に進路を取る。

茶褐色の大地には、私達の馬車しか走っていなかった。

遠くに見える山々には、雪が積もっている。


変わらぬ景色に、皆押し黙り馬車の車輪の音が規則的に響くのみだ。

そんな沈黙に耐えかねたのか、シャロンが不満気に唇を尖らせる。

 

「暇すぎて肩がこりそうだぜ。なんか斬るもんないか?」

「ああ、もう少し進むと楽しくなりそうですよ?」

 

そう言ってソラは苦笑いを浮かべた。

 

「魔物か?」

「ええ、囲まれてますよ」

 

ソラはそう言って立ち上がると、馬車の上に飛び乗った。

そして、後方を見やって目を細める。

 

「ああ、やだなぁ」

「後ろ、いや、前からもか!」

 

前後に立ち上がる砂煙にバロックが舌打ちをする。

どうやら、ソラの言う通り囲まれていたようだ。

 

「馬車を止めろ!」

 

バロックの指示に従う兵士達。

私達は、馬車から降りて迎撃態勢を取る。


…サーチ魔法を使えないのは不便ですね。

 

切り札の反動で、私はほぼ全ての魔力を、ソレの補充に当てていた。


「僕は後ろを、やりますからね」

 

ソラは、そう言って後ろの馬車に飛び乗ると、腰に下げた剣を抜いた。

そして、そのまま後方に駆け出すと、こちらに迫る砂煙に飛び込んでいく。


「俺は前をやる!」

「兄貴のなまくらじゃ、あれは斬れそうもないぜ?」

 

シャロンは笑いながら、前方の砂煙を見据える。

そこには人サイズの巨大な蟻が数匹、こちらに向かってきていた。

大きな顎からは、鋭い牙が見え隠れしている。

 

「兄貴はここで、馬車を守ってな!」

 

シャロンはそう言うと、勢いよく飛び出した。

 

「…魔導錬成」

 

銀の筒から振りまいた、赤黒い液体を剣に変えると、その勢いのまま斬りかかる。

 

「…おい、手を貸せ」

 

二人の姿を眺めていた私に、レインが声をかけてきた。

彼の視線を追うと、左右から更に蟻の群れが迫ってくる。

 

レインは右手をかざして、指を弾く。

すると、空中に無数の炎が現れる。

 

それらは徐々に回転しながら速度を増していき、一斉に射出された。

高速で回転する炎の矢が着弾すると、爆発を起こして辺り一面を吹き飛ばす。

 

「…無詠唱ですか」

「チッ…」

 

私は感心して呟くが、威力が足りないのか、炎の矢は蟻達の脚を止めるにすぎなかった。

 

「オラァ!!」

 

だが、そこにバロックが大剣を振り回しながら突進していく。

まるで嵐のように振り回される斬撃だが、余程硬い外殻なのか、致命傷には至っていない。

 

「こっちは手一杯だ、逆側は任せたぞ」

「あっさり、死ぬかもしれませんよ?」


そう言うと、レインは面倒臭そうに紫煙を吐く。

 

「シャロンの勘を信じるさ、足止めくらいはできるだろ」

「…たぶんですね」

 

私は右手を上げると、反対側の集団に向かって歩き出す。

 

「なんか、一番数が多くないですか?」

 

しかし、みんな必死で戦ってるせいで、返事は無い。

剣を抜くと、砂煙を上げる蟻達に相対した。


…とりあえず、斬ってみますか。


目の前の一匹に狙いを定めると、一気に駆け出した。

胴体に狙いを定めて、剣を薙ぎ払う。

巨大な蟻はまったく反応できていなかった。


だが、甲高い金属音が響くと同時に、剣先が軽くなる。


「ああ…」


…砕けたのだ。

さすが、移民街で買った安物の剣だ。


折れた剣を投げ捨てると、目の前の化け物を見上げた。


それは、私よりも少し大きいくらいの巨大な蟻だった。

その巨体を支える六本の脚で地面を這い回り、頭部についた複数の目で私を睨んでいる。

 

そして、その口からは二本の長い触角が伸びており、時折ピクピクと動いていた。


「…最悪だ」


その姿を見て、生理的嫌悪感を抱く。

虫が大の苦手なのだ。

なのに、頼みの綱の安物の剣は折れてしまった。

 

「最悪だ…」

 

怯える私に、その化け物は襲いかかって来た。

慌てて、その頭部に蹴りを放つ。


鈍い音と共に足がめり込むのだが、その感触はスポンジを蹴りつけたようなものだった。


化け物の頭部が吹き飛び、緑の体液が辺りに撒き散らされる。


…気持ち悪い。


残る十数体の巨大蟻を見て、顔を引きつらせた。


…魔力を使うか?


そんな事を考えていると、一体の蟻が横から迫ってきた。


咄嗟に、体を捻って避けながら、その胴体に向かって蹴りを繰り出す。

確かな手応えと共に、足が胴体を突き抜けた。

同時に、大量の緑色の体液が飛び散る。


…もう嫌だ!


心の中で叫ぶのだが、やつらは顎をカチカチ鳴らしながら、同時に襲いかかってきた。

嫌悪感で何も考えられず、本能のままに拳を振るう。

 

迫りくる脚を避けながら、頭部に拳を叩き込む。

そして、別の個体に向けて踏み込み、下から上に蹴り上げた。

まるで打ち上げ花火のように緑の体液をまき散らしながら、その巨体が上空に跳ね上がる。


次々と襲いかかる巨大な蟻達を躱しながら、ひたすらに拳を叩きつける。

手から伝わる嫌な感触が、全身に鳥肌を立てる。

 

それを繰り返した後、周囲を見渡すと、動くものは何も無かった。

 

「…うぅ」

 

泣きそうになりながら肩を震わせていると、背後から足音が聞こえてくる。


「やっぱ、つえぇじゃねぇか!」


そこには嬉しそうに笑う、シャロンがいた。



 

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