78話 野営地で…

旧ノース侯爵領の都市 外周城壁内


兵士達が組み立てた野営地の中で、私達は夕食をとっていた。

 

中心には焚き火があり、串刺しになった肉が焼かれている。

私はそれを手にすると、近くの木に寄りかかるのだった。

 

「…気配を消して近づくと、斬ってしまいますよ?」

 

背後から感じる視線にそう告げると、ソラが姿を現した。

 

「いやだなぁ、悪気はないんですよ?」

 

彼はそう言いながら微笑むと、私の横に腰掛けるのだった。

そして、手にした肉を頬張りながら、口を開く。

 

「アリスさんは、冒険者になるんですよね?」

「ええ、そのつもりですよ」

 

彼の質問にそう答えると、彼は嬉しそうに笑った。

 

「へぇ、面白いなぁ」

「…面白い?」

「えぇ、還らずの大陸…田舎者の僕でも知ってるんですよ」

 

彼の言葉に私は、首を傾げる。

 

「…初めて聞きましたね」

「…へぇ」

 

ソラは驚いた表情で私をしばらく見つめると、何か思い出したように手をポンっと叩いた。

 

「ああ、もしかしてアランさんと旅をしてました?」

「知り合い…なんですね」

 

アランが、男爵家の三男と言っていた事を思い出す。

 

「それなら還らずの大陸なんて、聞いた事ないかもですねぇ」

「シャロンは、魔大陸帰りって言ってましたよ」

「あははッ、そんなの滅多にないんじゃないですか?」

 

何がそんなにおかしいのか、お腹を抱えて笑いだす。

 

「こっちじゃ、新大陸に行こうなんて人は、狂人か一歩手前の馬鹿しかいないですからね」

「それだと、あなた達もって事になりますね」

 

バロック達も魔大陸に行こうとしているのだ。

 

「…貴族は別なんですよ」

 

そう言うと、今度は寂しそうに呟くのだった。

 

「ソラも貴族なのです?」

 

とても貴族には思えないのだが…。

 

私が尋ねると、彼は自嘲気味に笑う。

そして、首を横に振った。

 

「僕は…そうですねぇ…好きな人を守る為っていうのは、どうですか?」

 

彼はそう言うと、私に笑顔を向けた。

 

「…どうですかって、言われましてもね」

 

私が苦笑いしていると、彼は立ち上がる。

そして、剣に手を伸ばした。

月明かりが刀身を照らし、鈍く光る刃が美しい。

 

「好きな人を守る為に剣を抜く…うん!カッコいいですよね?」

 

そう言って、彼が剣を鞘に収めると、静寂が訪れた。

 

「…私には、わかりませんね」

 

一呼吸おいて、私は言葉を紡ぎ出す。

すると、彼は意外そうな表情を浮かべた。

 

「いやだなぁ、冗談ですよ」

 

なに真面目に答えてるんですか?と言いたそうな表情だ。


私は彼を無視して、肉をほおばるのだった。


……

………


しばらくして、私に飽きたのかソラは去って行った。

 

だが、代わりに別の人物がやって来る。

その大男は私の隣に立つと、無造作に腰掛ける。

彼の手には酒瓶があった。

 

「よう」

 

一言だけ声を発すると、カップを差し出してくる。

私は黙って受け取ると、そこに酒を注いでもらった。

 

一口飲んでみるが、かなり強いお酒だ。

顔をしかめていると、横から笑い声がする。

 

「なんだ、酒は苦手か?」

「いつも葡萄酒なので…」

 

私の言葉にバロックは大声で笑うと、自分のコップに口をつけた。

 

2人で並んで座りながら、星を見上げる。

虫の鳴き声だけが辺りに響いていた。

しばらくすると、おもむろに男が口を開いた。

 

「シャロンと、仲良くしてやってくれよ」

「それはどういう意味ですか?」

 

唐突な言葉に聞き返すと、彼は頭を掻きながら言葉を探すように視線を彷徨わせた。

そして、諦めたように苦笑する。

 

「あいつ、口は悪いし、手も早いからよ…」

「はぁ…」

 

確かにその通りなのだが、本人に聞かれたら怒られそうだ。

 

「シャロンがよ、友達だなんて言って連れてくるの、久々だからさ」

 

そう言うと、男は再び酒を飲み始めた。

 

…それは、ただの方便ではないですかね。


そんな事を思ったが、口には出さなかった。

バロックの横顔が、ただの妹思いの兄の顔に見えたのだ。


「あいつは、ずっとあっちで泣いてたんだよ」

 

…泣く?あれが泣く?


彼の発言の意味を理解出来ず、首を傾げてしまう。

だが、そんな私を気にする事なく彼は話を続けた。

 

「…不甲斐ない兄貴で、ごめんよぉ」

 

涙声でそう呟いたかと思うと、いきなり泣き始める。

そんな光景を見て、私は理解した。


ああ、完全に酔ってますね。


「ちょっと飲み過ぎでは?」

 

私は呆れつつも、彼に声をかけるのだが、

 

「俺はダメな兄貴だぁあああ!!」

 

急に大きな声で叫び出した。

私は思わず耳を塞いでしまう。


…うるさいですね。


それから少しの間、その騒がしさにシャロンが蹴りを浴びせるまで、隣で号泣されるという拷問を受け続ける事になるのであった。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る