77話 旧ノース侯爵領

「あっ…んん…そこぉ…」


シャロンが甘い声を漏らしながら、身をよじらせている。


そんな彼女の肩を揉む私。


「シャロォォォオオオン!けしからんぞ!実にけしからん!」


そんな彼女の声に反応するバロック。


「阿保ぅが…」

「あははッ」


大蜘蛛を討伐した私たちは、また馬車に揺られていた。

そして、戦闘に参加しなかった罰という名目の元、マッサージをする事になったのだ。


まあ、悪い気はしないので、構わないのですが…。

黙っていれば、シャロンは美人なのだ。


「…ふぅ、なかなか気持ちよかったぜ」


彼女はそう言って立ち上がると、伸びをして肩を回す。

先程まで女性らしい吐息を漏らしていたのに、すっかりいつもの調子に戻っていた。


「暗くなってきたなぁ」

 

バロックの言葉に視線を向けると、空は茜色に染まっていた。

もう数刻で日は完全に沈みそうだ。

 

「このまま進めば、都市が見えてくるはずだ」

 

レインはそう言うと、地図を取り出して確認する。

街道の先は、城塞都市の城壁が見える。

遠い昔は、ノース侯爵領だった都市だ。

 

「あそこは、ノース男爵領ではないのですよね?」

「…当たり前だろう」


私の疑問に、呆れた様子で答えるレイン。

 

…本当に没落したのですね。

 

そんな事を考えているうちに、街道の先に城門が見えてくるのだった。

馬車が止まり、互いの兵士が身分を確認する。

 

「バロック様」

「おう」

 

御者の席に座る兵士に呼ばれると、彼は馬車から降り、門兵にステータスを表示した。

 

…相変わらずですか。


いや、ノース侯爵なら馬車から降りる必要など、なかっただろう。

そんな懐かしいやり取りを遠目で見ていると、やがて城門が開いた。


「野営の許可を取ってきたぞ」

 

そして、馬車に乗り込むバロックが私達に声をかける。

 

「宿の用意もないなんて…大将、斬ってきて良いですか?」

 

ソラが爽やかな笑顔で、腰に差した剣に触れる。

 

「ふざけてんな、俺も暴れるぜ」

 

それに続き、シャロンも拳を握る。

 

「阿保ぅ共が…」

 

呆れたように紫煙を吐くレインを横目に見ながら、私もため息を吐いた。

 

「血の気が多すぎますね」

 

私はそう言って、彼らに背を向ける。

すでに日が暮れ始めている為、辺りは薄暗くなっていた。

そのまま空を見上げれば満点の星空が広がっている。

 

「おいおい、おまえら落ちつけって…」

 

私の後ろでは、バロックが慌てて2人をなだめていた。

そんな喧騒を無視して、馬車は城内の耕作地を抜けて行く。

やがて、少しひらけた場所にたどり着いた所で止まった。


「バロック様、野営の準備をしますので、少々お待ち下さい」

「ああ、悪いな」


そんなやり取りを聞きながら、私は荷台から出る。

地面に降りて背伸びをすると、後ろから声をかけられた。

 

「阿保共のおもりは疲れるな」

 

振り向くと、煙草を咥えて火をつけるレインの姿があった。

 

「…隊商宿くらいないんですか?」

 

遠くに見える内周城壁を眺めながら、彼に尋ねる。

 

「フッ、歓迎されてないのさ」

 

レインは皮肉めいた笑みを浮かべると、白い煙を吐く。

 

「なぜですか?」

「…さあな」

 

答える気はないと言わんばかりに肩をすくめると、彼は踵を返した。

そして、兵士達に声をかけていくのだった。

 

「相変わらず、貴族っていうのは面倒そうですね」

 

私は誰もいない虚空に向かって呟くと、もう一度夜空を眺める。

 

夜風が頬を優しく撫でた。


 

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