65話 両替商とイカサマ

自由都市アリス 中央広場


一等地と思われるその場所に、その商館は佇んでいた。

天秤のマークを看板に掲げ、稼ぎの大きさに比例するかのような豪邸だ。


その重い扉を、私はアランと共にくぐる。


中は外見と違い、薄暗く狭い部屋になっていた。


「…暗いですね」


外の明かりが差し込まないようにしているのか、どこか湿気臭い。


部屋の中央には、天秤計りが乗せられた机。

入り口から、一段高い木の床の上に、それはあった。


部屋の中には、人の気配はない。

奥へ続くと思われる扉も閉まっていた。


アランはそんな空気を無視して、木の床に上がる。

私も、それに続くのだが、


ミシッ


踏み込んだ床は、嫌な弾力を返してきた。


「アランさん、ここはあまり良い店ではないのでは?」


澱んだ空気に、陽を遮る壁、傾いているのではと錯覚するような床の弾力。


どう見ても、騙されそうな店構えなのだ。


「そうだね、こんな薄暗い中で、平衡感覚が狂うような床に乗せられた天秤…どう見ても、騙されますって作りだよねぇ」

「ええ、この天秤正しく計れるのですか?」


というか、両替商の姿が見えないのだが…。


「これには、仕掛けがあってね」

「ふむ?」


楽しそうに説明するアランの言葉を待つ。


「小銭を交換しようとする一見客を追い返すのが、一つ…そうだろ?」


その言葉に反応するように、奥の扉が開く。


「…坊っちゃん、人聞きの悪い事を言わないで下さいよ」


光が差し込むその先に、苦笑いを浮かべた男がいた。


「ここは大口の商人か、馴染みしか相手にしないのさ」

「そんな事はございませんよ。ただ初めてのお客様は、私が来る前に帰ってしまうようでしてね」


中へどうぞと手招きする男に導かれ、奥の扉の先へと進む。


「儲かっているのですね」


招かれた奥の部屋は、調度品で飾られた貴族の部屋のようだった。


「いえいえ、我が家が一番古い両替商というだけでしてね」


机を挟んだ柔らかなソファーに腰掛ける。

男も向かい合うように腰掛けた。


「それで、坊っちゃん今日は?」

「両替を頼みたいんだ、僕じゃないけどね」


私の横に座るアランが、促す。

私は腰に下げた袋を、机の上に置いた。


「エルム硬貨ですか」


男は袋の中から、数枚の金貨を拾い上げ、窓から差し込む光に当てるように見定める。


次に銀貨と銅貨を除けるように、机の上に並べた。


「金貨の方は、純度を測らせてもらいますよ?」


その言葉に、私は頷くと同時に、初めて見る両替の手順に興味が惹かれるのだった。


「純度を測るとは、どうやるのです?」

「この魔道具で魔力を流すだけで、金の含有量がわかるのですよ」

「あぁ…」


男が取り出した箱のような形の魔道具を眺める。


「…それは、正規品だろうね?」

「…坊っちゃん、私はまだ首と胴を離したくはないんですよ」


アランの言葉に、苦笑いを浮かべる。


「…誤魔化す魔道具があると?」


二人の会話で導き出された答えを、私は投げかけた。


「…大昔の眉唾な話ですよ、ここの領主様がエルム金貨とアルマ金貨の両替に一工夫して、稼いだなんていうね」

「僕は、その一工夫の魔道具を見た事があるんだよねぇ」

「…坊っちゃん」


アランの言葉に、冷や汗をかくような両替商。


「まあ、確かに大昔の話だし、その稼ぎもこの街の繁栄に消えてたみたいだけどね」

「我が家も、そのおこぼれで、今でもこうして商売が出来ております。マリオン侯爵には感謝の気持ちしかございませんよ」

「…マリオン?」


聞き慣れた名前に、私は思わず声を漏らした。


「ええ、偉大なるノース侯爵でございます」

「「…偉大ねぇ」」


両替商の言葉に、私とアランの言葉が被る。


そして、お互いに顔を見合わせるのであった。


 

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