64話 イメチェン?

理容店

その歴史は古く、それなりの規模の街ならば、必ず存在する生活必需店だ。


何故ならば、髪や髭は自然と伸びるからである。


私は、独特なハサミのマークの描かれた店内の扉をくぐる。

カウンターには、一人の若い男が座っていた。


「バッサリ切って欲しいのですが」

「整えるかい?」


店内には幸いにも私しか客はいないようで、店員がメニューの確認をしてくる。


「いえ、大雑把に切るだけで良いです」

「そうかい、なら、銅貨5枚でいいよ」


ニコっと愛想を振りまく店員、銅貨をカウンターに置いた。


「…うん?」


店員は、私の置いた銅貨を確認するが、


「じゃあ、奥にどうぞ」


一呼吸置いて、また営業スマイルで導く。


奥の椅子に座る。

庶民の店らしく、目の前に鏡などない。


「長さはどのくらいに?」

「肩より上程度で、お願いします」


最低限の要望通りに、切った髪避けの布に包まれると、髪を掴まれ、ハサミが動き出した。


チョキチョキと心地良い音が、リズムを刻む。

長く伸びた髪が、布の上に落ちる度に、頭が軽くなるのを感じる。


「お客さんは、エルムから来たのかい?」

「ええ、そうですよ」


手慣れたもので、店員はカットの手を止める事なく、話し始めた。


「どうしてです?」

「支払いが、エルム銅貨だったからさ」

「ああ、なるほど」


バッサリと切り落とされる髪の束を横目に、うなずく。


「この街なら良いけど、他の街に行くなら両替しといた方が良いですよ」


エルムやキヌスと国境を隣接するこの街では、それらの通貨でも使える店は多いが、アルマ王国内に入ると使えない店ばかりという事らしい。


「両替店は、どこにあります?」

「中央の広場かな、天秤のマークだからわかりやすいよ」


相変わらず手と口が、別々の動きをしている店員。


「ところでお客さん、女神様に似てるって言われなかったかい?」


そんな何気ない店員の一言に、私は苦笑いで返すのだった。


……

………


「またのご来店を〜」


どこか軽い声に見送られて、店を出る。


要望通りに肩より上程度に切り揃えられた髪は、その足取りを軽くしていた。


先程までのようにジロジロと見られる事がなくなったのだ。

その元凶と思われる長い髪の銅像を見上げる。


「私の知らない所で、変な物を残さないで欲しいですねぇ」


守護騎士の次は、女神様…なんて騒動は勘弁なのだ。


「ここは早いうちに離れますか…」


そう思い、両替の必要性を思い出した時、


「…アリス?」


不意に後ろから、声がかけられた。

振り向けば、アランの姿。


「どうしたんです?」

「買取が終わったから、君を探しに来たんだけど…髪型が違ってたんでね」


それで、自信なさげに名前を呼んだのかと、一人納得する。


「…どうも、この女神像と似ているようでしたのでね」


私の見上げる視線に、アランもその先を見る。


「そう言えば、似てるね」

「髪型まで、そっくりだったので切ったんですよ」

「ああ、それで僕は助かったのか」


私の言葉に、今度はアランが一人納得するように呟いた。


「用事は終わったのですよね?」

「うん?ああ、おかげさまでね」

「両替商を探しているのですが、案内してもらえますか?」


彼は、私を置いていく事も出来たのだ。

あそこで、私達の旅を終わりにする事も出来たのだ。


だけど、彼は探しに来た。

そんなお人好しの好意に甘えるように、お願いをする。

 

「それなら、僕の得意分野だね」


任せてよと言うように、アランは屈託のない笑顔で先を歩き出した。


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