第59話 過去との決別

あれから、数日が過ぎた。


旅袋や干し肉などの食料を、買い込んでいたのだ。

もっとも一番の理由は、長年の習性による堕落なのだが…。


新調した剣を腰に下げ、相変わらずの人混みを横目に、第七城壁へと向かう。

そして、先程の人混みと同じ方向に向かっている事に気づいた。


嫌な予感は当たり、第七城壁には人の群れだ。

そして、城門前には数多くの馬車が並んでいた。


「…馬車が渋滞しないように、制限をつけているんですかね?」


城門の中を、整列するように行き交う馬車。

多くの人々が、夢を見ているのだろうか。


並ぶ人々を横目に、城門の前に進む。


「あの…」

「悪いが暫くは、通行に制限をかけさせてもらっているよ」


同じ事を繰り返しているのか、実に事務的な対応だ。


私は酒場の店主に渡された紙を差し出した。


「…うん?」


受け取った兵士が、私と紙を交互に見る。


「こちらへ、どうぞ」


兵士に先導され、城門を左手に進む。

そこには、兵舎があった。


「ご案内しますので、こちらにお乗り下さい」


そして、横に置かれた馬車を示される、


「…なぜ、馬車に?」

「専用の城門に、ご案内します」


兵士は、実に事務的だ。

彼にこれ以上聞いても、埒があかないだろう。


馬車に乗り込む。


「…馬を用意しますので、暫くお待ち下さい」


そう言って、立ち去った。

窓の外を眺める。


……


暫くとはどのくらいなのだろうかと疑問に思う程度には、窓の外を眺めていた。


そして、兵士が馬を連れて戻ってくると、馬車はようやく動き出す。


窓の外の景色が変わる。

遠くでは、狼煙が上がっていた。


ゆっくりと進む馬車。

なぜか、第七城壁から離れている。


「あの?これは第六城壁の方へ向かっているのでは?」

「はい、こちらが専用の城門へ行くのに、早いと伺っております」


実に事務的な回答だ。


こんな事なら、認識阻害の魔法で、城壁を越えれば良かったと思っても、後の祭りである。


「まあ、急ぐ旅でもありませんからね」


最後の景色を楽しむように、窓の外を眺める。


やがて、第六城壁をくぐると、馬車は海とは反対方向へ馬を走らせた。


右手はただの城壁の為、私は左の窓からのどかな景色を眺める。

耕作地が、大多数を占めるのだ。


馬車は、ゆっくりと進む。


そして、私が眠りかけた時、止まった。


「着きました」


兵士に促されて、外に出る。


「ここは第六城壁では?」


目の前には、城門がそびえ立っている。


「私はここまで、ご案内するようにと…」

「はぁ」


…ご案内するように?


そんな疑問が、頭に浮かんだ時であった。


巨大な城門が、ゆっくりと開く。

その前に立つのは、私一人だ。


そして、完全に開いた扉の先から鳴り響くラッパの音。

規則正しく並ぶ兵士達は、黒いマントを羽織っている。


道を作るように、左右に分かれた兵士達。

エルムの紋章が縫い付けられた巨大な国旗を、アーチのように掲げる。


——お母様のいたずらね


見覚えのある光景だ。


苦笑いを浮かべ、その中に足を踏み入れた。


——あら?国王の騎士団を戦地へ見送る時は、一番派手なのよ


リリィの言葉が、蘇る。

自然と胸を張り、堂々とその中を進む。


楽器隊が、鼓舞するように音を奏でる。


その先には、よく見知った姿があった。


私は王妃の前に立つ。


「…良い訓練になりましたか?」

「…ええ、生涯忘れる事はないでしょう」


王妃は、真剣な瞳で言葉を返してきた。


「…騎士様の旅路に、ご武運を」


王妃はそう言って、頭を下げる。

背後の兵士達に、動揺が浮かぶ気配を感じる。


「騎士ではありませんよ、道化師です」


彼女だけに聞こえるように、囁いた。


「守護騎士はね、いつまでも王宮の前に立っていますからね」

「…アリス様」

「頭を上げて下さい」


王妃は、私に促されて頭を上げた。


「最後に一つ質問を宜しいですか」

「…答えれる事でしたら」


王妃は、私の言葉を聞き、


「…この国は、好きでしたか?」


子供のような顔で、問いかけてきた。


彼女の意外な質問に、様々な過去の景色を思い返す。


そして、


「…もちろんですよ」


ただ一言、過去に別れを告げるように答えた。


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