第58話 冒険者達

下町のような下品な臭いが、鼻を刺激する。

移民街、懐かしい故郷だ。


使い古した腰袋には、銀貨が詰まっている。

新調されたローブと服は、この最下層では貴族のように光り輝いていた。


「さて、ツケを踏み倒しに行きますかね」


目標は、既に定まっていた。

ガッポリと儲かったはずのあの酒場の店主だ。


ツケなど、数年分のお釣りが来るくらい儲かったはずなのだ。


つまり、踏み倒せる余地があるという事だ。

立つ鳥、跡を濁さず…ツケは綺麗にしないといけない。

例え踏み倒すとしてもだ。


移民街で、一番古い酒場が見えて来る。

だが、そこは異様な光景が広がっていた。


「おい!邪魔だよ!」

「通してくれぇ!」


人だかりである。

それも酒場の横に設置された、何かに目掛けてだ。


その人混みをすり抜けるように、扉まで進む。


そして、貼られた一枚の紙。


「…冒険者ギルド臨時受付は…左?」


それを読む。

左を見れば、あの人混みだ。


首を傾げながら、扉を開けた。


「いらっしゃい…」


中には、疲れ切った顔の店主がいた。

こちらを見る事なく、扉の音に反応して声を出したようだ。


「何があったのです?」

「あ?…ああ、あんたか」


席に座った私を、ようやく認識する。

そして、染み付いた動きのように、葡萄酒を出してきた。


「魔大陸よ、魔大陸…」

「はぁ」


要領を得ない言葉に、首を傾げる。

店主は、一枚の紙を差し出してきた。


「えーと…」


紙に書かれた文字を読む。


魔大陸へ


求む冒険者、至難の土地、魔族の脅威、僅かな報酬。

弱肉強食の日々、耐えざる危険、生還の保証なし。

成功の暁には名誉と賞賛を得る。

冒険者ギルド 王都エルム支部


「王都エルム支部?」


随分と馬鹿な文章だなと思いつつ、もっとも馬鹿で危険な一文に声が漏れる。


「国王様のお墨付きだぜ?」


その言葉通り、右下には印が押されてあった。


「アルマ王国からの要請だとさ」

「…なるほど?」

「んで、冒険者ギルドなんて、ここしかないからってわけよ」


店主は、苦笑いをうかべた。


「組合なんかに入ってるわけでもねーのによ」


そして、心底疲れ切った表情だ。


「まさか、外の人だかりは、これのせいですか?」


こんな文章で集まるのなんて、馬鹿しかいないはずだ。


「…ああ、おかげで儲かっちゃいるが…疲れたよ」

「馬鹿ばっかですね」


口元に笑みを浮かべる。


「そう言うなよ、みんな夢が見たいのさ」


店主が、扉の方に顔を向ける。


「それで、あんたも夢を見に来たんだろ?」

「いえ、随分と儲かったはずなので、私のツケの相談に来たのですよ」


最大限の笑顔で交渉のテーブルを広げた。


「ああ…あんたは行かないのかい?」


余程疲れているのか、店主はただ一言頷くと、外の喧騒に目を向ける。


「旅には出ますよ、だから来たのです」

「…そうかい、あんたも馬鹿だな」

「魔大陸とは、言ってないはずです」


旅に出るとだけ言ったのだ。


「目を見りゃわかるさ。あそこのやつらと同じ目してるぜ、あんた」

「…そうですか」

「餞別だ、ツケは無しにしとくぜ」


そう言って店主は、紙に何かを書き始める。


「その代わり出発は明日以降で、門の兵士にこれを渡して出てくれよ」


店主から紙を受け取る。


「冒険者ギルド…王都エルム支部…依頼完了、なんですか、これは?」

「外見りゃわかるだろ?今は出るのも大変だから、それを見せれば早いのさ」

「…なるほど」


こんな紙切れになんの効果があるのだろうと思いつつ、それをしまった。


「アルマ王国への馬車も手配できるが、使うか?」

「いえ、気ままな旅がしたいのですよ」

「…そうかい」


店主は、いつの間にか注いだ自分のグラスで、喉を潤す。

私も注がれた葡萄酒を、口に運んだ。


「昔からの馴染みがいなくなるのも、寂しいもんだな」


店主は、ポツリと呟く。


「…人は、いつかいなくなるんですよ」


私には見慣れた光景だ。


「そういえば、あんた俺より年上だったな」


そう言って、彼は寂しそうに笑ったのだった。

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