第57話 少女のお礼

生きる目的が欲しかった。

そして、騎士の生き様に憧れた。


だから、弱い私はクリスの最後の言葉だけに寄りかかったのだ。

そうすれば、私もいつか寿命を迎え、あの女騎士のように逝けると思ったのだ。


だけど、その刻は訪れなかった。


そして、城壁のない世界に、また憧れを抱いてしまったのだ。

この窮屈な世界に、我慢の限界が来てしまったのだ。


旅をしよう。

その先で野垂れ死ぬのが、やはり私らしいじゃないか。


……

………


王宮から帰り一夜明け、私はいつもの時間に目を覚ます。


手荷物もない為、狭い鳥籠を一目見て、扉を開ける。

そして、軌道塔で降りると、外に出た。


ここに来るのも、最後になるか。


私は過去に別れを告げるように、景色を眺めながら、ゆっくりと歩む。


やがて、中央の広場に出た。


「これからも頼むぜ…」


守護騎士の像に、軽く触れる。

彼こそ本物なのだから。


私は肩の荷が降りた気持ちで、軽快なステップを刻む。

真っ直ぐ歩いていけば、移民街なのだ。


「…マブダチ」


そんな私の後ろ姿に、声がかけられた。


「ああ、おはようございます」

「…お姉ちゃんから、聞いた」

「そうですか」


リリスは、相変わらず感情の読みにくい表情をしている。


「…全部…思い出した」


そして、相変わらず唐突な会話だ。


「なにをです?」


私は墓穴を掘らないように、聞き返す。


「…守護騎士様の魔法…お姉ちゃんの事…」

「…ああ」


どうやら、本当に全て思い出したようだ。


「二人だけの秘密ですよ?」


だが、旅立つ私にはもう関係のない事だ。


「…どこに行く?」

「移民街に帰るんですよ」

「…その先」


その先ですか…。


「魔大陸ですかね…」


だから、一先ずはアルマ王国に向かおうと考えていた。


「…私も行く」

「ははは」


なんの迷いもない彼女の言葉に、私は笑い返した。


「足手まといは、必要ないんですよ」


だから、冷たく突き放す。

気楽な一人旅がしたいのだ。


「…私…弱い?」

「ええ、あの時のあなたは別として、今なら簡単に殺せそうです」


次元魔法を貫通させた、完全体の彼女を思い出す。


異常な魔力の塊だった。

あれをコントロールできるのなら、簡単には殺せないだろう。


「…わかった」


相変わらず、妙に物分かりが良いリリス。

そして、彼女は私にゆっくりと歩み寄ると、


「…マブダチ…お礼」


背丈の変わらぬ私の頬に、唇を添える。

密着した彼女の髪から、甘い匂いが香る。


予想外の動作に、私は反応できなかった。


「ああ…ありがとう…」


どう反応して良いか困り、間抜けな返答が口から漏れる。


「…またね」


無表情な顔が、とても自然な笑顔に変わる。


そして、リリスは振り返らずに去った。


「マブダチか…」


懐かしい温かみが、冷え切っていた心を少し温めた。

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