第56話 道化師の夢

数週間後。


真昼間の王都の各所から、花火が上がる。

城壁内の街は、お祭りのように屋台が並んでいた。


私は王宮の屋上から、それを見下ろしていた。


「賑やかですね」

「数百年ぶりの平和よ?当たり前じゃない」


横で、王女がツッコむ。

王都はゼロス同盟復活を祝して、賑わっていた。


「私は戦場に行くけどね」

「…戦場?」


どこに戦地があるのだろうと、首を傾げる。


「魔大陸よ。お母様が婚姻を勧めてくるのよ…逃げてやるわ」

「…なるほど」


私は苦笑いで返した。


「…ねぇ」


声色を変える王女殿下。


「…あなた、私の騎士にならないかしら?」


その瞳は、冗談を言う輝きではない。


「騎士の給金に、規定はありませんよね?」

「ええ、ないわ」


彼女は、予想外の返答に首を傾げる。


「金貨1000枚ですね、月にですよ」

「…良いわ」


騎士団長クラスでさえ、金貨50枚なのだ。

法外な金額に、王女は即答した。

その瞳の色は、変わらぬままだ。


「本気で、私が騎士になれると思っていますか?」

「私は…」


王女が迷いながらも、言葉を繋ぐ。


「…あなたが守護騎士様なんじゃないかなって」


不安ながらも、期待を込めた顔だ。

見た事がない表情だ。


「守護騎士様なら、あそこにいますよ」


中央の広場に立つ像を指差した。


「…そうね」


守護騎士の像を見下ろし、王女はゆっくりと呟く。


「あなたが守護騎士様なら、イメージが壊れてしまうわね」


そして、いつも通りの言い草だ。


「それに、報酬が目当ての者は…」

「雨が降れば、あなたを嵐の中に置き去りにするでしょう…よね?」


私の言葉に、王女はその続きを続ける。


「有名な物語のセリフだわ」


王女と道化師の中のセリフなのだ。

大昔、彼女と交わした言葉なのだ。


「道化師は、夢を見ていたんですよ」


彼女の夢の先を、見晴らしの良い屋上から見下ろす。


「なによ?まるで終わったみたいじゃない?」

「…そうですね」


第七城壁が、遠くに見える。


「…移民街に帰ります」

「どうして…」

「私には、あそこが居心地が良いみたいなんですよ」


嘘をつく。


「…そう」

「…すみませんね」


帰り支度をしようと、出口へと向かう。


「あなた、名前はなんだったかしら?」


王女が、不思議な事を聞いてきた。


「…アリスですよ?」


記憶が抜け落ちたのかと、疑問に思いながら、答える。


「私の名前は、覚えているの?」

「…いえ」


思い出すように、空を見上げながら答える。


「リリィよ、覚えておきなさい」

「名前で呼ぶ事はないので…」


もう会う事があるかもわからないのだ。

そして、彼女とは仕事上の友人だったのだ。


「許可するわ、許可する」


彼女は呆れたように、ため息をこぼす。

私は珍しい態度に、眉をひそめる。


「名前で呼ぶ事を許可するって、言ってるでしょ!」


そんな態度に、リリィは心底呆れたように叫ぶのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る