第50話 オッドアイ

——チクタク——チクタク——

振り子時計が、刻を刻む。


その秒針は右回りに、刻を進めていた。


「あら?またここから始めるのかしら?」

「…お姉ちゃん?」


刻を刻む古時計の前には、二人の姿。

今までになかった景色だ。


「…そういう事ね」


王女は消えかけている右腕を見て、呟く。


「どうして…ここに?」


リリスは、否定したい気持ちを抑え、呟く。

姉の身体が薄れていく度に、流れ込むのだ。


その記憶が…その感情が…姉の見た景色が…。

濁流のように押し寄せるのだ。


「嫌…嫌…」

「…あなたは生きるのよ」


王女はリリスの頭を撫でるように、手を置くのだが、半透明の右手はすり抜けた。


右手を見つめ、拳を握る。


そして、古時計に向き合うと、


「…運命なんて…大っ嫌い」


古時計を殴りつけるように、右手を突き出す。

そして、彼女の身体は完全に消滅した。


……

………


魔法陣から発せられた眩い光が、小さくなるのを感じる。


目を開けると、周囲を確認した。

目の前には、リリスの後ろ姿。

フォルトナ神の像も、魔法陣も消えていた。


——さよなら


そして、王女の姿も…。


「…殿下?」


呼びかけるように呟くが、その気配がない。


「…お姉ちゃん…ここ」


一人立ち尽くすリリスが、振り向く。

その左目は金色に輝き、その右目は真紅に染まっていた。


そして、彼女は自分の胸を右手で示す。


「私は一人だった…でも、二人に分かれた」

「…魂魄魔法ですか」

「…エルフの秘術」


私の言葉に反応する。


「欠陥魔法…二人とも18までの命」


私の姿が映っていないかのように、彼女の瞳は虚だ。


「私は、それで良かった」


まるで記憶を整理するかのように、呟く。


「だけど、お姉ちゃんは私を助けるために…」

「呪いは嘘ですか」


私の疑問にリリスは、無反応だ。


「世界の危機ね…」


初めて出会った時に、彼女が言った言葉だ。

あの時は冗談だと思った言葉だ。


「私の世界は守れなかったけど、妹だけは助けるわ」

「リリス?」


まるで、王女殿下の口調だ。

リリスは自分でも驚いた顔をしている。


「まだそこにいるのか?」

「…お姉ちゃん」


リリスの右目が、赤さを増す。

彼女の周囲の空間が、歪む。


「…おい」


目前で、異常な魔力の塊が膨れ上がる。


「もう嫌…」


リリスが呟く。


「こんな世界…消えてなくなれ」


まるで、呪いの言葉のように暗く呟いた。


次の瞬間、景色が弾けた。

彼女を中心に、全てを呑み込むような禍々しい魔素が渦巻きながら広がる。


…あ、これヤバイやつだ。


反射的に身構え、次元魔法を発動させる。

リリスの感情を色付けたようなドス黒い魔素が、身体をすり抜ける。


…すり抜けるはずなのだ。

そういう魔法なのだから…。


だが、


「…おい、マジかよ…」


魔力の暴走。

そんな言葉を残して、禍々しい魔素は周辺の全てを抉るように飲み込み、消し飛ばした。


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