第49話 嘘つきの決意

傭兵ギルド二階。

昔住み込みで働いていた部屋に、強い陽射しが差し込む。


「…お腹すいたなぁ」


空腹で目を覚ました私は、ベッドから降りて、窓の外を見下ろした。


淡い期待は、すぐに映し出された現実に否定される。

空は昼である事を示していた。

なのに、街に人の姿はないのだ。


つまり、この空腹を埋める手段がない事を意味する。


「…他の街へ行きますか」


いつ来るかもわからない二人を待つより、まずはご飯なのだ。


そう決意した時、私の視界がこの空腹の原因を捉えた。


王女殿下は、傭兵ギルドの前に立つと座り込む。

その横には、リリスだ。


どうやら、二階にいる私には気づいていないらしい。


驚くだろうなと思いながらも、空腹に負けそうな私は、二人に声をかけようとするのだが…。


その時、周辺の魔素がまるで意思を持つかのように二人の前に集まってきた。


そして、鈍い鐘の音…姿を現す大きな古時計。


「まったく…」


お腹が空いて、気の短くなっていた私は、右手に魔素を込める。


わからないなら、斬れば良い。


そう結論を下した私は、二階の窓から古時計に向かって飛び降りた。


右手の魔力を解放しながら、縦に一閃。

地面に着地した私は、イメージ通りに真っ二つになった古時計を背に、


「友人を置き去りにするなんて、どうかと思いますよ?」


唖然とする王女殿下に、嫌味を飛ばす。


「あなた、どうやってここに?」

「マブダチ…やっぱり…」


二人は別々の表情を浮かべ、違う感情を現していた。


「用事は、終わりましたか?」


傭兵の街が目的地だと、彼女は言っていた。


「用事?」


王女が、首を傾げる。


「目的地は、ここですよね?」

「…ええ」

「…マブダチ…後ろ」


私の疑問に、暗い表情を隠そうともしない王女。


そして、リリスの言葉に後ろを振り返ると、


「…なんですかね、これは?」


斬ったはずの古時計が、二つに分かれた隙間を埋めるように元の形に戻ろうとしているのだ。


「あなた、魔力の量に自信はあるかしら?」

「それなりにあるとは思いますが?」


横に立つ王女の言葉に答える。


「これはね、この子に掛けられた呪いなのよ」


そう言って、リリスを指差した。


「呪いですか?」


呪いとは知らない言葉だ。

いや、意味はわかるが、見た事も聞いた事もないものだ。


鈍い鐘の音を響かすそれを見上げる。


「この子の呪いを解く為に、魔法陣を研究していたのよ」

「…なぜ、そんな事を?」


それ程、親しい関係には見えなかったのだ。

だが、私を見て話す彼女の瞳は、よく知る光を帯びていた。


「…妹だからよ」

「…お姉ちゃん」


予想外の言葉だ。

だが、リリスは嬉しそうな悲しそうな顔で、それを肯定した。


「…なるほどね」


呪いが掛けられた妹と、それを救う為に必死な姉ですか。


「詳しく聞きたいですね」

「良いわ、全部終わったら、話してあげる」


珍しく彼女は、笑みを浮かべた。

そして、両手に魔力を込めると、魔法陣を描き始める。


「どうして、傭兵の街へ?」

「エルフの魔力が、必要だったのよ」


描き途中の魔法陣を見つめる王女。


「マブダチ…エルフより魔力が多い」

「…本当かしら?」


よく知る光を瞳に浮かべる王女は、軽口を叩いた。


「…マブダチ…お願い」

「魔力を込めるだけでしたらね」


王女が舞うように、魔法陣を描く。

古時計は、それを否定するかのように鐘の音を鳴らす。


「…どうして、そこまで必死に?」


私にはない光の答えを探すように、問いかけた。


「幼い頃に約束したのよ」


彼女の描く魔法陣に、青白い光が灯る。


「誓ってしまったのよ」


書き込まれた文字が、空中に浮かび上がる。


「あなたには、わからないでしょうね?」


…決意の光だ。

…命を賭けている瞳だ。


「いえ、それなら少しわかりますよ」


私の言葉に、王女は薄く笑った。


「…今よ!」


完成した魔法陣に、私は右手を掲げると魔力をこめた。

円形を周回するように魔法陣の文字が煌めく。


「まだ足りないわ!」

「…良いでしょう」


全力で、全ての魔力を魔法陣へと放出した。

大気が震える。

巨大な魔法陣が、眩い光を放ち、周囲を覆った。


思わず目を瞑る。

そして、眩しさの収まった気配を感じ、瞳を開くと、


「…フォルトナ神?」


以前見た魔法陣のフォルトナ神よりも一回り大きい。

魔法陣に浮かび上がるフォルトナ神の両手が動く。


その両手から、ゆっくりと光の線が2つ伸びてきた。


「動かないで…」

「…お姉ちゃん?」


王女殿下は、そう言って光を受け止めた。

もう一つの光は、リリスに差し込む。


二人はそれを受け入れるように、私の前に立つ。

あの古時計は、姿を消していた。


二人の身体から、魂の器が浮かび上がる。


「…魂魄魔法?」


遠い昔に、クロードから教えてもらった魔法だ。


二人の魂の器は、フォルトナ神の両手へゆっくりと導かれて行った。


「ねえ、アリス」


王女が振り向く。

初めて名前で呼ばれた。


「私達、お友達よね?」


満足そうな笑みを浮かべている。

だが、彼女のお友達の定義は、都合がいいものなのだ。


「ええ、お友達の定義は確認したいですけどね?」


そして、私は人の笑顔を信じられない。


「お友達なら、私の嘘、許してね」


フォルトナ神の両手が、二人の魂の器を合わせるように挟む。


——さよなら


その言葉を最後に、景色はまた眩しい光に包まれた。



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