第40話 酒乱と本音

食卓へと変貌したリビングルーム。

燭台の頭上にゆらゆらと揺れる蝋燭の灯。


窓の外は、完全な夜の世界となっていた。

机の上には、食べかけの海鮮とステーキだ。


蝋燭の光が、薄暗い室内に3つの影を描く。

なぜ、こんな頼り無い灯しかないかと言えば、対岸が、幻想的な光を灯しているのだ。


大きな窓は、その幻想的な景色を絵画の額縁のように彩る。


だが、そんな最高の景色をぶち壊すように響く酔っ払いの声、


「おさけわぁ、頭が悪くなるのよぉ」


酒乱いや…王女殿下はそう叫び、私の持つ葡萄酒のグラスを指差す。


「悪酔いする程、飲みませんよ…私はね」

「…これ美味しい」


苦笑いで返す私の横で、マイペースに飲み続けるリリス。


「頭が悪くなるなら、もう飲まない方が良いのでは?」

「まだだぃじょうぶぅ…」

「いつも、そんなに飲むのですか?」


侍従も介護が大変だろうと妄想するのだが、


「飲むのは、はじめてよぉ」

「ああ、そうなんですか」

「だってぇ…頭がわるくなるんだもん」


さすが酔っ払い、言いたい事がよくわからん。


だが、初めて完全な隙を見せた彼女に、


「なぜ、傭兵の街へ向かうのですか?」


素面の彼女は、はぐらかす様な空気をまとっていた。

だが、今なら彼女の本音にと期待する。


「あんたは…なんでついてきたのよぉ?」


酒乱は私の質問に答えず、リリスの方を見る。


さすが酔っ払い…マイペースすぎるだろ…。


「行くように言われたから…」

「はぁい?知らないのについて…来たの?」

「知らない…」


酒乱の声が、いつもの声色に戻る。

それは、声をひそめるように静かで、怒気をはらんでいた。


「何も…聞かされてない…の?」

「…うん」


王女は、リリスの言葉を飲み込むように、葡萄酒を流し込む。

そして、グラスを食卓の上に力強く降ろした。


「…あなたのそういうとこが…嫌いだわ」

「…ごめんなさい」


冷たくもどこか悲壮な言葉に、リリスはただ謝罪を口にする。


王女の表情は、学院でリリスとすれ違った時と同じだ。


この二人、昔からの知り合いなのか?

王家と公爵家、親戚なのだから不思議ではない。


ただ普段の彼女達の雰囲気から、それを感じる事はなかった。

だが、今は他人が踏み込めない空気なのだ。


「いい?私はあなたが嫌い」

「……」

「そうやって、全てを受け入れるあなたが…嫌いよ」


彼女は、言いたい事は言ってやったというような顔を見せると、そのまま自室へと席を立つ。


残された私達の間に、沈黙が流れる。

彼女の漆黒の瞳の色が、黒と緋色を交差する。


リリスは小さく肩を揺らすと、息を吐いた。

そして、皿に残った料理を口に運ぶ。


こいつはこいつで、よくわからないな。

こんな時にレンがいてくれたら、


——…約束…するっスか?


約束など気軽にするものじゃないなと、後悔しても遅い。


「王女殿下とは、昔から知り合いでしたか?」

「…うん」


私の疑問に、彼女は何の事はないように答えた。


「気になる?」

「ええ」

「凄く…気になる?」


口調は平坦なのに、どこか楽しそうだ。


「二人だけの秘密…聞きたい?」

「秘密は、大好きですよ」


無表情の瞳に、緋色が宿る。


「私は魔族…秘密話した」

「ええ」


私は、首を傾げる。


「私だけの秘密が増える…ずるい」

「…ああ」


私も秘密を打ち明けろと、彼女は言っているのだろうか?


「…あなたも魔族?」


前にも聞かれた言葉だ。

彼女は、なぜそこまで魔族にこだわるのだろう?


「私達…マブダチ…秘密よくない」


マブダチ…仲間か…

緋色の瞳を見つめる。


口元を緩ませると、両目に魔力を込めた。

感情の変化が薄いリリスの顔に、色が灯る。


「二人だけの秘密ですよ?」

「うん…秘密。マブダチ」

「それで、王女殿下とは?」


両目から魔力を抜く、リリスもいつもの瞳だ。


「お姉ちゃん…昔はそう呼んでた」

「姉妹なのです?」


意外な答えに聞き返す。


「私は公爵家…違う。呼んでただけ」


つまり昔は仲が良かったと、リリスは言いたいのだろうか。


「お姉ちゃんと仲直りしたい。マブダチ…任せた」


そして、無理難題を押しつけてくるのであった。

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