第39話 観光の街

頬に何かが、当たる。

その何かが、だんだんと力強く感じられる度に、意識は目覚めていった。


「なん…です…か?」


目を開ける。

視界には、王女の姿だ。

何かの正体は、彼女の手だった。


「あなた、どこでも熟睡できるのね」


ぼやけた頭で、辺りを見回す。

そこは、街の中であった。

夕方なのだろうか、辺りは陽が落ちてきている。


馬車から降りたリリスが、同じようになぜかキョロキョロとしている。


「どこですか、ここは?」


商店街なのか、それなりの数の人で溢れている。

耳は人族である事を、示していた。


「ウォールサイドよ」


私を起こした彼女は、馬車を降りる。

知らない名前だと思っていると、馬車にこれまた知らない男性が乗ってきた。


「あの…お客様?」

「うん?」


御者の席で並び合う私に、彼は困った顔をする。


「何をしているの?」

「…ああ」


よくわからないが、彼女に促されるまま、馬車を降りた。


彼は手綱を握り一礼すると、馬車をゆっくりと進ませる。


「今日の宿は、ここよ」


王女の示す先に、視線を移す。

それは真横の建物であったが、明らかに上級国民専門とわかる立派な外装であった。


「大丈夫?」


まだ寝ぼけた頭の私は、余程間抜けな顔をしていたのか、リリスが声をかけてきた。


王女殿下はと言えば、先導するように建物の扉を開けている。


「行こ…」


リリスが、私の手を握った。

なぜか、彼女はいつもより楽しそうである。


そして、中に入れば、予想通りの煌びやかな内装だ。

受付らしき場所には、王女殿下の姿。


こんな場所に泊まれるのかと、辺りを観察していると、


「さあ、行きましょう」


王女殿下が、戻ってきた。

慣れた足取りの彼女に、私達は続く。


「ウォールサイドって、どの辺りなのですか?」

「セリーヌ川のほとりよ」

「要塞都市ウォール…知らない?」


彼女らの言葉で、なんとなくの位置を理解する。


セリーヌ川とは、旧ゼロス同盟の東を流れる川だ。

東西を分けるように大森林から海まで通じている巨大な川なのだ。


そして、要塞都市ウォールと言えば、守護騎士物語では有名であった。


三階に上がり、廊下を進むと、王女殿下が扉の前で立ち止まる。


「ここね」


ここが、私達の部屋なのだろう。


扉の鍵を開ける王女。

赤い絨毯が、姿を現す。

その先には、広々とした空間と巨大な窓。


一言で表すなら、スイートルームだ。

中央のリビングルームから、4部屋に通じる扉が分かれていた。


「凄い…感動」


リリスが、窓の外を眺めて、珍しく躍動感のある言葉を漏らす。


窓の外には、セリーヌ川が広がっていた。

そして、少し薄暗くなった対岸に見える発光体。


巨大な瓦礫の山は、白く輝いていた。


「私も初めて見るわ」


王女殿下が、私達の横に立つ。


「あれが、要塞都市ウォールですか?」

「…そう」


守護騎士物語では、メテオの魔法が活躍する場面だ。

王都エルムまでの旅路で、最後の関門として立ち塞がる要塞を、守護騎士は粉砕した…らしい?


「物語だと思っていたんですけどね」


誰かが守護騎士物語と、結びつけたのだろう。

記憶にないのだ。


「こんな良い部屋、よく空いてましたね」

「エルム王家専用室よ」


当たり前のように告げる彼女。


「有名な観光地…当たり前」


リリスも、うなづく。


「移民街の民には、当たり前じゃないって事、覚えておいて下さいよ」


首を傾げる彼女らに、庶民…いや、最下層民の認識を教える。


「なら、感謝すると良いわ」


彼女は、いつも通りの軽口を叩くのであった。



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