第16話 懐かしき鳥籠

すっかり辺りも暗くなり、魔道具の街灯に照らされた私達は旧貴族街の一画に辿り着いた。


6階建の宿舎である。

比較的新しい外観はマンションを想起させ、中央には透明な柱が、外壁に沿うように垂直に伸びていた。


「こちらになります」

「何階の部屋なのですか?」

「…6階のようです」


メモ帳を確認しながら、先導する侍従と共に宿舎に入る。


「なかなかキツい階ですね」


高層階は不人気なのだ。

なぜなら階段で登らないといけないからだ。


だが、彼女は、


「…軌道塔があるようです」

「…きどうとう?」


初めて聞く言葉に、首を傾げるが、彼女が向かった先に着いた時、ソレが何かを察した。


外壁に向かって閉じられた扉と、魔石が埋め込まれた操作盤のようなもの。


彼女がソレに手を当て魔力を流すと、しばらくして扉が開く。


「エレベーターですか」

「…?軌道塔ですよ?」


言葉の違いを確認しつつ、中に入った。

どうやら外から見えた透明な柱は、景色がよく見えるように、これの為に設置されていたらしい。


「あの…これが何かわかっています?」


なぜか彼女は顔色を青くして、中に入ろうとしない。


「上がるんですよね?階段を使わなくて便利ですよ」


時代の流れを感じるなと、彼女を待つのだが、


「え?試作品なのに乗った事があるのですか?」 

「うん?試作品?」


…安全性は、大丈夫なのだろうか?


「いえ、見ればわかりますよ」

「そうですか…」


まだ行かないのです?と言いたげな私の表情を察してか、彼女は諦めたように中に入る。


そして、なぜか手を握られた。

無意識なのだろうか、彼女はまた青ざめた顔で操作パネルを操作する。


閉まる扉。

懐かしい浮遊感。

強く握られた右手。


眼下には、透明な壁から一望できる素晴らしい景色が広がる。


残念なのは時間が経つ程、力のこもる彼女の手が眺望への意識を妨げる事だろうか。


「…怖いのです?」

「高い所は…苦手なん…です」

「綺麗な夜景が広がっているのですけどね」

「それに…落ちる…かも」


不吉な事を呟かれた。

いや、安全基準なんて無さそうなのだから、彼女の心配はごもっともだ。


落ちたらどうしようか…

そんな事が頭によぎった時、目的の階へと着く。


「着きましたよ?」


彫刻のように固まった彼女に声をかける。

返事をする気力もないようで、小さく頷くとゆっくりと中から出た。


「操作は見てわかりましたから、次からは私だけで大丈夫ですからね」

「はい!お願いします!」


部屋の前まで来た所で、そう告げると余程嬉しかったのか彼女は、軽快な足取りで立ち去った。


きっと帰りは階段なのだろう。


そして、私は新居の扉を開けた。


「…まあ、予想はしてましたけどね」


部屋に足を踏み込み数歩。

ベッドへと腰掛ける。

手を伸ばせば、すぐ届きそうな距離に話し相手の壁がいる。


「懐かしき六畳一間の鳥籠ですね」


反対側の窓を開ける。

少し見晴らしのよくなった国民街が、キラキラと灯りを返してきた。


「帰ってきたなぁ」


そう呟き、眠りに落ちた。

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