第15話 眼鏡の奥には

「あなた、いつまでいる気なの?」


ソファーで寝そべる私に、王女が呆れたように声をかけてきた。

窓から溢れる夕日が、それなりの時間の経過を知らせる。


「いつまで居れば良いのでしょうか?」


これでも、立派な仕事なのだ。

もっとも、始業も終業も時間を決めていなかった。


「お母様から聞いてないのね。好きに来て、好きに帰って良いそうよ」

「それは、不思議な程、高待遇なのでは?」

「私には都合が良いけどね。ああ、週に何回かは来て欲しいそうよ」


相変わらず興味がなさそうに、王女は淡々と告げる。


「では、帰ります」


本棚へと禁書をしまうと、部屋を出ようと足を進めるのだが、


「…あの寝泊まりは、どこですれば良いのでしょうか?」

「…知らないわよ。外の侍従に聞いてみる事ね」


冷めた返事を最後に、部屋を出た。


そして、目の前には窓の外を眺めながら椅子に座る知的な眼鏡。


…いつから、いたのだろうか?

待機する事が苦痛ではないのか、知的さを少し曇らせた姿で、窓の外をただ眺めている。


「…あの?」

「…あ、はい」

「…何をしているのですか?」


いくつかの疑問の選択肢の中から、一つを問う。


「王妃様から、何かあった時の為にと待機を命じられています」

「…いつからでしょうか?」


そして、少しの沈黙。


「…何か御用でしょうか?」


返ってきたのは、私の質問を完全にスルーした業務的な口調であった。


どうも彼女とは、波長が合わないなと思いつつ、


「泊まる場所を知りたいのですが」


私の言葉に彼女は、小さなメモ帳を取り出して何かを確認する。


「こちらへどうぞ」


そして、また淡々と告げると歩き出した。


実に業務的な彼女に、私は続く。


特に会話もなく階段を降りる。

二人の足音だけが、響いていた。


そして、王宮を抜けるとまたただ歩く。

横に並ぶ私。

城門をくぐり、足を止める知的な眼鏡。


またメモ帳を取り出しては、何かを確認している。


「…笑わないんですね?」

「…え?」


薄暗い辺りが彼女の相棒と相まって冷たさを放っていた為、私は思わず呟いた。


「笑うような事が…いえ、場所がわからないから確認しているわけではないのですよ!?」


どうも私の意図した質問とは違う答えが返ってきた。


焦るように表情を変えて、冷たさとは真逆の声色を奏でている。


…というか、場所がわからないのか。


私はクスリと笑うと、


「急いでいませんし、ゆっくり案内してもらって構いませんよ」

「は、はい…」

「それと、眼鏡を外して貰えますか?」


隙の見えなかった彼女に生まれた素の表情に、ここぞとばかりに提案してみる。


「こうですか?」


そこには、戸惑った表情が素朴さを感じられる女性がいた。


「そうですね、あとは笑うと完璧だと思いますよ」


何が完璧かと言えば、私に与える無意識の冷たい威圧がなくなるのだが…。


「…からかわないで下さい」


その提案は、彼女の相棒によって塞がれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る