第10話 無詠唱と詠唱魔法

旧貴族街 大きな屋敷


一夜明け、私はその小さな体型には不釣り合いなベッドから、身体を起こす。

窓から差し込む明かりが、堕落した生活習慣にいつも通りの警鐘を鳴らしたのだ。


「朝…いや、昼ですか?」


腹時計を確認するが、寝起きのそれは正確な時刻を示さなかった。


…帰り支度をしますか。


昨日の試験に自信はある。

…不合格だろうという自信が。


服を整えて、ローブを羽織ると後ろ髪を引かれる思いで、部屋を出た。


…素晴らしい寝心地でしたよ。


そして、階段を降りると、そこには知的な彼女が私を待っていたかのように椅子に腰掛けていた。


「…おはよう?ございます。朝は苦手ですか?」


もう昼ですよと言いたそうな彼女。

起こさなかったのは、優しさなのだろうか?


「自然に任せる習慣が、身についてましてね」

「ふふ、羨ましい習慣ですね」


彼女は、本当に羨ましそうに言う。


「帰りも馬車で送ってもらえるのでしょうか?」

「…帰り?」


移民街まで歩いて帰れと言われないとは思いつつ、確認すると、彼女は首を傾けた。


「まさか、試験が合格なわけないですよね?」

「いえ、合格のようですよ?」


今度は、私が首を傾げる。

まともな点数が、取れたはずがないのだ。


「その件につきましては、王妃様にお伺い下さい」

「…王妃様?」


だが、私の疑問は無視されると、彼女は奥の扉を開けて、その部屋の中に話しかける。


そして、現れたのはハーフエルフの美女であった。

側には、眼鏡の彼女と同じ黒髪の従者が2人。


耳は人族である事を示しているが、どちらも美人に相応しい容姿をしている。


「は、はじめまして」


王妃と思われるハーフエルフの美女は、少女のような笑顔で、少し緊張しているような笑顔で、言葉を噛んだ。


「はじめまして、王妃様?」


私は頭に?を浮かべながら、一礼する。


「……」


そして、なぜか訪れた沈黙。

王妃と思われる女性は、何かを噛み締めるように、こちらに視線を送ってくる。


「あの、合格とお聞きしましたが?」


間がもたないと思い、言葉を紡ぐ。


「あ、ええ」

「…合格理由をお聞きしても?」


まともな点数が取れたはずがないのだ。

そして、王妃の従者に共通する特徴。


…黒髪

…整った顔

…人族


心の中で、王妃の性癖を疑っても間違いではないだろう。


「…詠唱魔法が二流だという解答に、興味を持ちまして」


先程とは代わり、大人の女性の顔で王妃は答えた。


「ですので、正確にはまだ合格ではないのですよ」


そして、続く言葉に私は首を傾げる。


「無詠唱魔法を、使えるのですか?」


——銀貨20枚


「ええ、使えますよ」


給金が頭を過ぎり、即座に答える。

別に珍しい技術ではなかったはずなのだ。


「…見せて頂いても?」


なぜか期待の眼差しを受け、私はうなづいた。


……

………


懐かしい王宮の正門をくぐり、右手に見える変わらぬ建物に入る。

訓練場だ。


屋敷で魔法を使えるわけもなく、連れてこられた場所。

騎士達だろうか、集まる野次馬。


そして、遠距離魔法のマトとして鎧を被せたカカシが、随分先に立たされている。


「王妃様が今度は何をするんだい?」

「さあ?魔法を試し撃ちするみたいだが?」


野次馬の群れから、そんな声が聞こえてくる。


「どんな魔法でも、構いませんわよ」


王妃は、凄く楽しそうな笑顔を向けてきた。

まるで、少女のようだ。


「さて…」


騎士達の視線を一身に受ける私は、思案する。

あまり強力な魔法は見せたくはありませんね。

だが、給金は欲しい。

安定した職が、今の私には必要なのだ。


「魔法使えないのかな?」

「あんな子供だ。緊張しているのだろう?」


一向に魔法を撃たない私を観て、騎士達がボソボソと話し始める。


…昔のハーフエルフの魔法は、こんな感じでしたかね?


右手をマトにゆっくりと向けると、炎の塊をイメージした。


等身大の炎は右手に集約され、放たれる。

かなり手加減したソレは、一直線に目標に向かうと轟音と共に爆散した。


そして、見学者達は沈黙する。


…うん?威力はそんな珍しい規模ではないはずですよね?


昔見たハーフエルフ達の魔法なのだ。

無詠唱で放てるのは、限られた人数ではあったが。


私はなぜか黙っている野次馬の方を見る。


「はぁ、王妃様が面白い事をするかと思ったけど、平凡な爆裂魔法か」

「いや、あんな少女が詠唱もしないで撃ったんだから、面白いんじゃないか?」

「威力は見た目通り、子供の火遊びのようですけどね」


そして、解散!解散!というように、散らばる野次馬の群れ。


「…子供の火遊び?」


今の騎士達の魔法は、どうなっているのでしょうか。


そんな事を考えながら、目標物を見る。

鎧は焦げた色がついただけで、そのままの姿を現していた。


…技術が進歩したのですかね?


何十年前かの闘技場では、感じられなかった事だ。

もっとも闘技場の戦士と、王宮の騎士を比べる事が間違っているのだろう。


王妃の顔を伺う。

彼らのように、失望の色を浮かべているだろうか?


だが、


「珍しい無詠唱の使い手ですわね!」


野次馬の溜息を否定するかのように、王妃は声を張り上げた。


「無詠唱が珍しいのですか?」

「ええ、今は詠唱魔法が主流なのですよ」


まるで子供のように答える王妃。


「見てみたいですね」


詠唱魔法は二流の証。

遠い昔の言葉だ。

そして、その教えが正しいと信じている。


だから、知りたいのだ。

今を…。


「いいですわ」


王妃はそう言うと、右手を少し焦げた鎧へと向けた。


まさか?

王妃が実践してくれるとは思わず、私は虚をつかれる。


そして、


「我が右手に宿るは…火龍の咆哮!」


王妃の言葉に連動するかのように、赤い光が右手に収束され、そして一筋の光が放たれた。


まるでレーザーのような光は、鎧の表面に当たり、やがて貫いた。


「…どうでしょうか?」


こちらへと振り向き、教師に問いかけるような姿。

上目遣いのそれは、彼女の立場を忘れさせる程、可憐で可愛い。


「…カッコいい」


だが、それ以上にあの詠唱のセリフに感心した私は、思わず本音が漏れる。


「ありがとうございます!」


無邪気に喜ぶ王妃。

そういう人柄なのだろうか、それを咎める者は従者を含めていないようだ。


「王妃様、鎧もタダじゃないんですよ?」


高威力の魔法を使わなくても…と騎士が、苦笑いで告げる。


「いえ、つい…ね?」


そして、また少女のような笑顔を向けると、騎士は嫌味の感じられない溜息をこぼした。


そんな光景を眺めていた私だったが、疑問が一つ。


「不合格ですかね?」


魔法の威力が、格段に違ったのだ。


だからと言って、先程の魔法を真似る事は…できるだろうが、今度はなぜ?という言い訳ができなくなりそうだ。


「合格ですわ!貴重な無詠唱の使い手ですもの」

「…そうですかね?」

「ええ、魔法が好きなあの子の良い刺激になるはずですわ」

 

ああ、王女殿下の教育係でしたね。


喜ぶ王妃を横目に、不安しかない私であった。


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