第9話 王妃視点

旧貴族街


アリスがテストに嘆く数刻前。

ハーフエルフの王妃は、その立場からは珍しい風変わりな場所にいた。


もっとも、正当な王家の証を色濃く受け継いだ彼女を知る者からすると、さほど気にも止められていないようだ。


旧貴族街の宿舎の廊下ですれ違う人々は、見慣れた奇行に、今度は何をされているのだろうか?と思いつつ、会釈しては通り過ぎる。


王妃は2階の窓から、ただ道を眺めていた。

その視線の先には、黒髪の美少女が映る。


…幼い頃のあの一瞬の記憶と、結びつかない事もないわね。

だけど、わからない。


少なくともあの一瞬の記憶を頼りに、何人か失敗したのだ。

彼女の横で先導する女性も、その一人だった。


…生きているはずがないわ。


当たり前の感覚が警告する。

そもそも、あの時の美少女が正解とは限らないのだ。


だけど…


先導する女性に代わりたい気持ちを抑える。

冷静に客観的に、観なければいけないのだ。


この後に用意してある筆記試験も、その一環であった。


しかし…


彼女が本物だとしたら、何点の点数を取るのでしょう?


このテストの意味に疑問は残る。

だが、物語の彼女はとても聡明なのだ。


クリスティーナ女王の冒険

女王に時には皮肉を交えて、語っている道化師。


そして、それは物語ではなく、今の繁栄に実際に繋がっている。


だから、彼女の聡明さは本物なのだ。


食料生産の向上から、余剰人員を他の生産へ…。

科学という考え方から、学術の発展へ…。


……

………


王宮の一室。

日も落ち、夜の静寂の中、王妃は結果を聞くべく椅子に腰掛けていた。


「試験結果は、限りなく0点に近いです」

「…そうですか」


彼女を案内させた侍従から発せられたのは、期待を裏切る、けれども聞き慣れた回答であった。


「数学は少し、歴史と貴族作法に関しては壊滅的、魔法理論に関しては…酷いです」


この子が酷いと言うからには、相当なのであろう。


昔、間違えて見つけてしまった子。

その責任を感じて、侍従として職を与えた。


真面目なのだが、どこか抜けているようで、伊達眼鏡をかけた理由を聞いた時は、大笑いしたものだ。


王妃は、それを思い出し、微笑みを浮かべる。


「…王妃様?」

「あ、ええ…。一応、用紙を見せてもらえるかしら?」


数学

四則演算は完璧だが、それ以外は…。


「貴族学院の8歳レベルね」


歴史

無茶苦茶だ。


「覇権国家キヌスの首都の位置を間違え…」


間違え?

いえ、あそこは遷都する前はキヌスと呼ばれていたわ。


他の解答に目を走らせる。

地理の部分は、ほぼ全て間違っていた。


ただ、200年以上前の地図に合わせると、合っているのだ。


私には、特にコレに関して勉強した私にはわかる。

幼い頃、侍従長に呆れられた日々を思い出して、苦笑いが浮かぶ。


貴族の作法

…古い作法だ。

アルマ王国の作法とごちゃ混ぜであり、しかも、ところどころ間違えている。


「これは身につけた作法というより、記憶?」


魔法理論

そして、0点の極め付けは白紙解答に一言。


——詠唱魔法など二流の証です


王妃の手が震える。


「…王妃様?」


眼鏡をかけた侍従は、王妃が怒ったと勘違いした。

気持ちはわかるが…。


だが、王妃は希望の光を見るように、


「あの絵を見て、何か言ってなかったかしら?」


そう、これが本当の試験なのだ。


私が、行けなかった理由。

天然の気がある彼女を向かわせた理由。

彼女は、守護騎士物語に興味がないのだから。


ただ、あの絵を見て、関心しているようでしたら、絵について聞いてみなさいとだけ告げたのだ。


彼女の口が開く。

王妃は、それを待つように息を止めた。


「…クリスティーナ陛下?だと」


侍従の言葉を聞き、王妃は大きく息を吐いた。


…やっと見つけた。

私達の希望を…。


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