第8話 採用試験

旧貴族街

 

それは、もっとも中心部に近い場所に位置する。

そして、城壁の特性上、もっとも狭いのだ。


つまり建物は高層化し、六畳一間の鳥籠へと姿を変える。

そんな場所で、優雅に庭付きの屋敷を持つとすれば…。


「さすが貴族様の屋敷ですね」


先導する彼女に導かれて、屋敷に入った私は感嘆を漏らす。

ただ不思議な事に、出迎える使用人も屋敷の主人もいなかったのだ。


魔道具の灯りをつける彼女。


立派なロビーに光が灯ると、まるで出迎えるように正面に飾られた一つの大きな肖像画に目が止まる。


——遠い記憶


「嫌だ!嫌だ!」


珍しく子供のように駄々をこねる彼女を、私は呆れた顔で眺めていた。


もっとも、いつものようにソファーでくつろぎながらだが。


「…陛下。そうは申されましても伝統ですので…」

「悪しき伝統であるな!廃止しよう!」


そう言って、彼女は王印を取り出し、書類を作れと指示をする。

宮中伯の溜息が、こちらまで聞こえてくるようだ。


私は立ち上がると、


「クリス、肖像画くらいで何をそんなに騒ぐのです?」


陛下を愛称で呼び捨てにする私を、宮中伯は光が差すような目で見る。


道化師である私には、許された特権なのだ。


「…宮廷画家の描く肖像画は、優雅ではあるが、誇張されていて真実では…ないのだ」


真剣な瞳で語りながら、彼女は目を逸らした。


つまり、


「…じっとしているのが、嫌なんですね」


私の結論に、宮中伯はまたも溜息を漏らす。


「…半日…半日もだぞ!?そなたが変わるか?うむ、よいであろう」

「馬鹿な事、言わないで下さいよ」

「だが優雅ではあるが、真実ではないのは本当であるぞ」


そんな彼女の言葉を思い返す。


確かに先代の王の肖像画を見た時は、違和感を覚えた。

庭園の友人としての顔は消え、威厳ある王となっているのだ。


だから、私は、


「…しょうがないですねぇ」


——その肖像画を見つめる。


写真のように写し出された肖像画だ。


——そなた、この魔法で画家になるつもりか?


——ならないですよ。働きたくないですから。


「…懐かしいですね」


私は思わず、呟く。


「この絵が、どなたか知っているんです?」


肖像画の前で立ち止まる、私の呟きが聞こえたのか、知的な眼鏡が声をかけてきた。


「…守護騎士物語は、ご存知でしょう?」

「…ええ、読んだ事はありませんが、有名ですもの」


広場に像が立っているくらいですからねと、彼女はそれ以上興味がなさそうに告げる。


「その物語に登場するクリスティーナ陛下ですよ」

「…クリスティーナ陛下?」


どうも彼女は興味が湧かないようで、へーという声が出るように肖像画を見た。


「あっ、そんな事よりお部屋をご案内します」


そして、彼女に案内されるがまま階段を登る。


「急でしたので、試験の用意ができるまで、こちらでお待ち下さい」

「そこそこ、待ちそうです?」

「はい。昼食をご用意しますので、夕方までには間に合うと思います」


案内された客室を見渡す。

貴族らしい優雅なベッド。

手前にはシャワー室に繋がるだろう扉が一つ。


…素晴らしい。

ふかふかのベッドで横になり、満喫しよう。


試験は明日で良いですよと思いながら、私はうなづいた。


「私は下で待機していますから、何かあればお声がけ下さい」


そうして扉が閉められた後、ベッドへと飛び込んだ。


……

………


陽が落ちる。


束の間のパラダイスを満喫した私は、机の前に向かっていた。


目の前には、先程持ち込まれた筆記試験と思われる用紙。

その先には、知的な眼鏡が佇んでいる。


…さて、知力20の力を見せてあげますかね。

何せ給金は銀貨20枚…テスト用紙と共に告げられたのだ。


…銅貨を拾う日々と、おさらばしましょうか!


用紙をめくる。


どうやら、数学のようだ。


「…ふっ」


問題を解き進め、そして読みながら笑みを浮かべる。


…できるわけない。

自慢ではないが200年以上、四則演算で過ごしてきたのだ。


歴史

移民街の民ですよ?

舐めてます?


…わかるわけねーだろ。

ここ200年の歴史なんて…。


貴族の作法

王宮で務めた道化師を舐めないでもらおうか?

あ?道化師の仕事知ってますか?


…クリスやマリオンを思い出すか。


魔法理論

詠唱魔法?二流の魔法ね?

こちとら無詠唱だ。


契約魔法?魔法陣?

なにそれ?


しまいには、

——ソプラニスが提唱した理論を述べろ

…誰だよ。


終わった…

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