140-3話 領主とは 後編

小さな街 領主の館


街の入り口から、メインストリートの坂道を登った先に領主の館はあった。


本物の貴族の館を見た事がある私には、陳腐な造りに見えたが、それでも自分達で最高級の施しをしようと、努力した跡が見える屋敷だ。


ゴロツキには似合わない内装を進み、奥の客間に案内される。


中央の机を挟んだソファーに、クリスが腰をかける。


ルルと私は、それぞれ長年の習慣のせいか、その後ろへと立った。

フィーナは、クリスの横にお人形のように座り、まだ眠いのか、子供のように身体をクリスへと預けた。


やがて、奥の扉が開かれると、蛙を潰したような顔の中年の男性が姿を現した。


一見すると恰幅の良い体格だが、捲られた腕から見える筋肉の塊から察するに、中身は脂肪ではないようだ。


盗賊の親分…そんな言葉が似つかわしい領主らしき男が、こちらへと歩み寄る。


領主らしき男と、視線が交差する。


…濁った嫌な目をしていた。

…随分と見慣れた目だ。


「…領主殿、お招き感謝する」


立ち上がったクリスが、形式的な言葉を述べる。


「…あ、ああ」


代表者として挨拶したクリスに、戸惑う領主らしき男。


「領主殿…ではないのか?」

「いや、オレがこの街を仕切ってるさ」


そう言いながらも、領主の男はクリスから視線を外し、フードを外しているルルと私を見た。


「お嬢さんには悪いが、オレが用があるのは、あっちなんでね」


そう言って、私の前に立つ。


「…私ですか?」


見覚えのない姿に、首を傾げる。


「おっと、初対面だぜ?」


だから、警戒するな、そう言いたそうな言葉を含んだ距離感。


「少し前にな、南東の盗賊団が暴れ回ってる噂を聞いてたんだよ」

「……」

「その中心が、獣人を連れた美少女だか美少年だかって、眉唾な噂だったがな」


領主はクリスの前の椅子に座ると、


「まあ、座ってくれよ」

「…いえ」

「眉唾な噂だったが、騎士団にやられたって逃げてきたやつらがいてな」


私の断りを気にする事もなく、男は話を進めた。


「そいつらが言うには、いたらしいんだよな。それもハーフエルフを奴隷にしたって話だ」

「…そうですか」

「そんなヤバいやつが、死ぬはずないと思ってたんだがよ、獣人とハーフエルフを連れた美少女が、オレの街に泊まってるって聞いてな」


ハーフエルフが2人とは聞いてなかったがな、と男は笑う。


もっとも、その瞳は濁ったまま、私を見据えているのだが。


緊迫した空気と、少しの沈黙。


「……」

「……」


お互いの視線が、交差し続ける。


「あんた、嫌な目してやがるな」

「…その言葉、そのまま返しますよ」

「…仲間に誘おうと思ってたんだがな」

「その言い方だと、気が変わったようですね」


私の言葉に、領主は自虐的に笑い、


「オレの首が飛びそうだからな」

「…そうですか」


領主は立ち上がり、


「馬鹿な部下が、迷惑かけたみたいだな」


クリスに声をかけた。


「文化の違いからの誤解だと、理解している」

「うちで一番良い宿を用意してある。良ければもう一泊使ってくれ」

「気が変わって、この街を出て行くかもしれませんよ?」

「構わないさ。オレ達は、自由だからな」


探りを入れる私の言葉に、領主はなんの事はないと答えた。


「ここは、盗賊の街なのです?」


ルルが、親分の風貌を観察しながら、疑問を口にした。


「さあな。だが、ここじゃオレがルールだ」

「法の精神はないのだな」

「そんな難しい事はわかりゃしねぇが、オレの街で悪さは許さねぇよ」

「…ああ、そういう事であるか」


親分の言葉に、クリスは妙に納得した表情を浮かべた。


「では、せっかくのもてなしだ。無下にする事もなかろう」


そう言って立ち上がると、優雅に一礼して部屋を立ち去ろうとする。


私も、その後ろに続こうとするのだが、


「あんた、そんな目してるとロクな死に方しないぜ?」


不意にかけられた領主の言葉に、


「それは、お互い様でしょう?」


私の言葉に、領主の男は、それは違いねぇと豪快に笑い声をあげた。

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