140-1話 領主とは 前編

小さな街 宿屋2階


一夜明け、窓から溢れる寒空の風が、私を眠りから揺り起こす。


重い瞼をこすり、視界に映るのは、規則正しい寝息を立てる獣人の少女の姿。


ただし、その距離は近い。


どうやら、寝返りを打って、こちらの領土に侵略してきたようだ。


急接近していた可愛らしい寝顔を、うとうととした頭で眺めている中、目覚め始めた私の頭が、警告音を鳴らす。


…これは、私は悪くないのに殴られるパターンじゃないかな?


そう思い、名残惜しいベッドから逃げ出そうと、起き上がる時であった。


…コンコン


まだ日差しも登り始めたばかりだというのに、部屋の扉がノックされる。


「…こんな朝早くから、誰ですか?」


不機嫌を隠さない声色で、扉を開けると、そこには宿屋の主人が申し訳なさそうな顔で立っていた。


「…早朝からすみません。領主様の代理人が、お客様方にご用があると…」

「…はぁ」


思わず、ため息混じりの返事が溢れる。


「…外でお待ちしております」

「…はぁ」


唐突な状況に、だから、どうした?と言いたくなる気持ちを込めた、ため息が返事をした。


「…どうしたのだ?」


そんなやり取りの気配で目覚めたのか、クリスが目を擦りながら、ベッドから起き上がる。


声をかけると同時に、こちらを視界に捉えると、宿屋の主人の姿を見て、怪訝な表情を浮かべる。


どうやら、彼女も早朝から叩き起こされて、見知らぬ姿に気分を害したらしい。


「この街の領主が、私達に用があるみたいですよ?」

「随分と非常識な来訪だが、少し待つがよい」

「…だそうですよ」

「伝えてきます」


立ち去る宿屋の主人を見送りながら、私は扉を閉めた。


「なんなんでしょうね?」

「さて、わからぬな」


そう答えたクリスは、フィーナを起こそうと肩を揺らしている。


「あまり良い予感はしませんけどね」


私は窓辺に足を進めると、宿屋の入り口に群がるチンピラのような兵士達を見て、呟く。


「同感だな」


おはよーと、のんびりとした口調のフィーナを起こしたクリスは、身支度を整えながら、答えた。


「とりあえず、行きますか」


私はそう呟くと、幸せそうな顔で眠るルルの頬を軽く叩いた。


「…んん、もう…食べれ…よ」


夢を見ているのか、野性味の失われた言葉が彼女から漏れる。


私は苦笑いを溢しながら、少しイタズラを思いつき、彼女の耳元に顔を近づけ…


「…ルル、敵襲ですよ」


ルルの耳がピクリと揺れたと思ったら、彼女の腕が私の顔があった場所を、勢いよく通り過ぎる。


同時に見事な体捌きで、ベッドから宙を舞うと床に着地した。


避けなければ、彼女の拳は私の顔面を捉えていた。

殺気を隠す事なく部屋の中を観察するルル。


「おはようございます」

「…敵襲?」


やりすぎたイタズラに、私は苦笑いを浮かべる。

クリスは、何をしているのだ?という顔を浮かべ、フィーナは二度寝しようとしている。


この後、誤解を解いた私は、ルルにこってりと怒られたのだった。

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