140話 吟遊詩人と夢

小さな街


ルルとの領土交渉が終わり、半分の土地を私は手に入れた。


お互いの身体の小ささと、ダブルベッドの広さに、感謝しよう。


そして今、それを楽しそうに見ていたクリスに誘われて、街に出ている。


ルルとフィーナは、長旅に疲れたと言い、部屋に残った。


「この店はどうだ?」


少し薄暗くなってきたメインストリートの一角。

窓から漏れる灯りと、リュートの音色が溢れる酒場だ。


私はうなづくと、扉をくぐった。

酒場の中は、まだ少し早いのか混み合ってはいない。


私とクリスは、奥のテーブルへと座る。


「よい音色であるな」


飲み物と軽食を注文したクリスが、吟遊詩人の奏でる音色に、耳を傾ける。


誰かの冒険譚を歌っているようで、


「なんの詩でしょうね?」

「さて、私も知らぬ詩であるな」


そして、何かを思いついたように、


「我が城では、吟遊詩人も雇用していてな。私の旅物語を詩にさせるのは、どうであろうか?」

「それなりの冒険でしたからね」


面白い詩になりそうですと、答えると、


「そなたが私の騎士として、騎士団に立ち向かう場面が、見所であるな」

「…私の見た目で、騎士ですか?」


冒険譚に登場する騎士と言えば、屈強な男が定番である。

女騎士という花形も存在するが、少女というのは斬新過ぎるだろう。


「そこは、詩であるからな。仮面を付けた屈強な黒騎士など、どうであろう?」


目を輝かせて語るクリス。

その楽しそうに語る姿に、冒険譚が好きなのだなと感じる。


そして、私もリュートの音色…吟遊詩人の歌う、名もなき男の物語に耳を傾ける。


自由を求め、旅する男の物語。


その詩を聴いていると、昔の事が頭によぎってきた。


…交易都市クーヨンにいた頃、あの高い城壁を越えて、自由になりたかった。

自由になれるだけの力が、欲しかったんだ。


でも、力を手に入れて自由を手にしたら、不自由を知った。

壊す事しかできない自分の無力さを、ルルと過ごした盗賊の集落で、知った。


目の前のクリスを見る。

彼女も、詩に聴き入っている。


また昔を思い返す。


…俺は、居場所を求めた。

だけど、自由を夢見た城壁の先は、不自由に溢れていた。


そして、傭兵の街で、やっと人並みの生活を手に入れる。


だけど、何かが違った。

俺に笑顔を向ける彼らは、俺の壊すしか能のない力を知っても、笑顔を向けてくれるのか?


そんなはずがない。


だけど、この王女殿下は、俺の壊すしか能のない力を見ても…


またクリスの方に、視線を向けた。


「黒の騎士という名がよいな。いや、魔法も使うから、黒の魔導騎士か」


葡萄酒を片手に、吟遊詩人の方を見ながら、独り言を繰り返している。


…この人の横なら、俺は人並みの生活を…自由を…そして、生き甲斐を得られるのだろうか?


うたは、まだ続いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る