第50-1話 騎士団長と奴隷

城塞都市ガレオン


騎士街が立ち並ぶ中心に、堅牢な城がそびえ立ってている。

否、城と呼ぶには、あまりにも無骨な砦だ。


城壁が出来上がる前から、最前線として機能していたと思われるその建物は、所々補修した傷跡が誇るように色を変えていた。


そして、俺はその屋上で一人、眼前の景色を見下ろしていた。


部屋の中に篭りすぎて不健康なので、マリオンに連れ出されたのだ。


連れ出されたのは良いものの、マリオンは机上の盤面を使用しての戦術訓練という事で城の一室に入り、こうして自由の身となっている。


降り注ぐ日光と、程よい風を楽しんでいると、背後に人の気配を感じた。


振り返るとそこには、


「ああ、人がいるとは思わなかった。邪魔をしたな」


筋肉だるま…いや、アームストロング騎士団の姿。


「いえ、私が去りますから、騎士団長様はどうぞ、こちらへ?」


立場が圧倒的に違うのに、なぜか謝って去ろうとする大男を引き止める。


「そ、そうか。ならば、一緒に日に当たるか?」


そう言って、大男は随分と距離を取り座った。


横に来られても気まづいのだが、変に距離を取られても、気になるというもので…。


騎士団長の方をチラチラと横目で見てしまう。


出迎えた時と違い、彼はラフな格好をしていた。

フルプレートは儀礼用の服装という事なのだろうか。


腕を隠さないタンクトップ型の上着は、その膨れ上がった筋肉を隠す事もなく、また歴戦の戦士を彷彿させる傷跡が無数に刻まれていた。


そして、チラチラと脇見をしていた事で彼と視線が交差する。

どうしようかと愛想笑いで頬をかいた。


「…それがしが、怖くはないのか?」


最初に声を発したのは、騎士団長であった。


「…どうして、騎士団長様を怖がらないといけないのです?」

「…いや、それがしはこんな見かけだからな」


最初に出会った時と同じように、優しい瞳で呟く。


「騎士団長様らしい風格と、歴戦の猛者を思わせる戦傷ですよ」


俺の言葉に、彼は顔を上げ、そして瞳が交差した。

先程のような優しい瞳の中に、熟練の観察眼が混じる。


そして、他意がない事を悟ったのか、


「ガレオン卿の奴隷であったな」

「ええ、アームストロング騎士団長」

「……」


彼は何かを思い出すように沈黙し、


「それがしも、奴隷であった」

「……」


今度は、俺が彼の真意を探るように、沈黙する。

くだらない嘘をついて、慰めようとしているのだろうか。


「それがしは、体格に恵まれていてな。当時のガレオン卿…現ノース侯爵に買われたのだ」

「奴隷の身分から、騎士団長なんて、物語のようですね」

「…ああ、今も夢の中なのだろうと思うのだ」


少し嫌味を含ませた言葉にも、彼は気にする事なく続ける。


「それがしは、この通りの体格であるからな。主君を守るには良い盾だったのだろう」


傷口の一つ一つを差して、思い出を語る。


「血筋でもないそれがしが騎士になり、それなりに苦労はしたが、気づけば騎士団長である」


俺は彼の話を、物語を聞くように笑顔で耳を傾けていた。

彼と瞳がまた交差する。


「……」


瞳の奥を覗かれた気がした。


「素晴らしい物語ですね。ぜひまた聞かせて下さい」


居心地が悪くなり、その場から逃げ出すように去る。


さすが騎士団長まで登り詰めた男だ。

きっと、見抜かれた。

なぜか、そう直感したのだ。


俺の笑顔の奥で渦巻く漆黒の感情に…。

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