第39-2話 貴族街の価値

マリオンがいない日 3日目


その日、俺は外の陽気に誘われて、貴族街を散歩していた。

女騎士との距離感も掴めて、心に余裕が出来たおかげで、知識欲が勝ったとも言う。


なにせ庶民では、一生入る機会などない場所なのだ。

まして奴隷の身分ともなれば、推して知るべしである。


持ち主の個性が主張された、味のある様々な貴族の館を抜ける。

横には女騎士が付き添って歩いていた。


「この辺りからは、商店街になるぞ」


くだけた口調の女騎士が、それぞれの店を指差す。

飲食店、宝石店、仕立屋、書店と様々だ。


ウィンドウショッピングをするように、それぞれの店を眺めながら通り過ぎる中。

一軒の仕立屋の前で足を止める。


「…このメイド服は」

「同じ服だな」


女騎士の言葉通り、俺が着ているメイド服と同じデザインが飾られているのだ。


それに導かれるように、店内へと進む。


中は閑散としていた。

もっとも貴族街も人通りが少ないので、これが平常なのかもしれない。


店内には、老紳士を思わせる店員の姿。

俺達の方を見ると、上品に会釈してくる。

その雰囲気は、店内と合わせて高級店に相応しい空気を纏っている。


狭い店内を見渡すが、あのメイド服以外には数点の貴族服が飾られているだけであった。

貿易都市クーヨンのように、服が積み上がっているわけではない。


「…貴族街の服屋とは、こんな感じなのでしょうか?」

「…私に聞かれても困るな。自慢ではないが、入った事などないのだ」


声を潜めて情報交換を求めるが、人選ミスのようだ。


「…何かお探しでしょうか?」


そんな俺達の背後から、老紳士の声がかかる。


「探しているわけではないが、立ち寄らせてもらった。迷惑か?」

「いえいえ、ノース侯爵卿にはご贔屓にして頂いております。ご自由にお眺め下さい」


女騎士の胸の紋章を確認すると、老紳士は静かに告げる。

貴族社会とは実に面倒そうだが、利用させてもらおう。


「このメイド服は、こちらの店のものでしょうか?」


俺の奴隷紋を見ても、顔色を変えない事を確認すると、早速疑問を口にした。

老紳士は、店内のメイド服と俺のメイド服を交互に確認すると、


「私の娘の作品かと思われますが、少々お待ち下さい」


そう言って、店の奥へ消えた。


店内に残された二人。

だが、それもわずかな時間であり、すぐに20代の女性が老紳士と共にやってきたのだった。


「あっ、私の服だわ!」


落ち着いた老紳士とは一転、花が咲いたようにパッと表情を変えた女性は駆け寄る。


「…お客様に失礼のないように」


俺達に聞こえないように呟いた老紳士の言葉は、彼女には届かなかったようで、私の周りをぐるぐると周りながら、あらやだ!可愛い!と、花を咲かせている。


「あなたがデザインしたのです?」

「ええ、可愛いでしょ!?」

「ええ、たぶん、可愛いと思いますよ」


エリー様やマリオンには、好評だったのだ。


「…でも、あんまり売れないのよねー」

「他の店でも、似たようなデザインを売っているのでしょうか?」


または単純に高いのかとも考えたが、金銭感覚の狂った貴族様には誤差のような気がする。


「今の流行りの服だけど、デザインはオリジナルよ!」


私が考えたものよと、なぜか胸を張られた。


「では、ブランド力が弱いのでしょうかね?」


庶民が身につけるものとは違い、こういうのはブランド力も関係するのではないかと思う。


材質はそれ程違わないのに、ワンポイントだけブランドを示すものがあれば、値段は何倍にも変わる世界を知っているのだ。


「…ぶらんど?」


だが、返ってきた言葉は予想外の疑問であった。


「ああ、なんて言いましょうか…この店とか、この職人が作ったというマークやアピールみたいなものですよ」

「う〜ん、武具を作る鍛治職人なら、そういうのも聞いた事あるけど」


服に防御力みたいな差はないわよ?と、単純な疑問を呈された。


「品質の差と言いますか…」


どうやらブランドの概念がないようで、俺も困ってしまう。


だが、


「私は、貿易都市クーヨンから来ましたが、もし王都の貴族街の仕立屋で作られた服が、売られていたとしたら、行商人達は放っておかないかもしれません」

「なぜなの?」

「王都の貴族街に店を出せるというだけで、特別だからですよ」


だが、現実は貿易都市クーヨンにそういった商品は流通していない。

いや、正確には流通していたとしても、わからないのだ。


ブランドを示す、マークがないのだから。


そして、もしそれを示すマークを、ブランドを作れるならば、地方の貴族や財力のある商人は興味を示すかもしれない。


庶民が裕福になれば、庶民も興味を示すかもしれない。

なにせ、王都の貴族街の仕立屋という特別な立地なのだ。


そんな事を説明すると、


「…面白そうね!」


女店員は、何か閃いたように好感を示した。

その裏で、老紳士は苦い顔をしていたが…。


いつの時代も古き良き伝統と、新しい考えというのはぶつかるものなのだろう。


自分の意見を気持ちよく述べた俺は、店を後にする。


帰り際に、


「あなたの名前は?」


と、何も買っていないのに、不思議な事を聞かれたが…。


仕立屋を出て、また思い思いに違う店を眺めては歩く。


「…面白い事を考えるのだな」


そんな俺の後ろ姿を眺めながら、女騎士が関心したように呟いていた。

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