第39-3話 騎士の素質
マリオンがいない日 5日目
「…どうしたのだ?」
女騎士が、俺を見つめて問いかけてきた。
いや、俺が彼女を見つめていたせいなのだが…。
もっとも、その理由は単純なものだ。
昨日、一日中部屋で読み更けていた騎士物語のせいである。
盲目的に主君に忠誠を誓い、追従し、最後は主君の盾となり、満足そうな顔で生涯を終える騎士物語だ。
これが歴史書の類いなら、そういう時代もあったのだなと思うだけだろう。
だが、俺の今には騎士物語を体現したような騎士達がいる。
そして、目の前には女騎士がいるのだ。
「いえ、昨日、騎士物語を読みましてね」
「ほう、何を読んだのだ?」
「ウェールズ騎士物語ですよ」
「…ああ、あれは教本にもなっている良い物語だ」
彼女は、珍しく嬉しそうな表情を浮かべた。
「あれこそ、騎士の心構えだと私は考えているぞ」
「…私も騎士になれるのでしょうか?」
珍しく饒舌になる女騎士に釣られつて、思わず軽口を叩いた。
だが、返ってきた答えは、
「…残念だが、無理だな」
馬鹿にするわけでもない、いつもの平坦な口調。
「強さが足りませんよね」
「強さは才能の一つだ。必須だが、絶対的に足りないのは、騎士の素質だな」
「…素質?」
別に騎士になりたいわけではないが、好奇心が刺激された。
「ああ、騎士に必要なものは、なんだと思う?」
士官学校の教官からの受け売りだがな、と彼女は笑いながら言った。
「主君を守る力と、忠誠心でしょうか?」
「そうだ。そして、それとは別に主君との信頼が必要だ」
「…それが、素質ですか?」
相性のようなものが、素質かと首を傾けていると、
「戦乱の世ならいざ知らず、今は家柄が素質なのだ。私の家は、代々騎士の家系でね」
「…主君から、信頼される下地があったという事でしょうか」
俺の言葉に、女騎士は頷いた。
「でも、絶対ではないですよね?」
「代々騎士の家系では、幼少の頃より主君の盾になるように教育されるのだ。私達は、それを誇りに思っているのさ」
「素質がない人を、騎士にするのは余程の変わり者ですか」
それか、余程優れた武人なのだろう。
「素質がない者が騎士団に入れば、疑念が生まれる。まず無理な事だ」
女騎士の言葉を聞いて、納得してしまう。
騎士とは集団なのだ。
守るべき主人の周りに素質がない者が入れば、和が乱れる。
歴史の長いアルマ王国は、騎士の血を色濃く受け継がせてきたのだ。
その中に、血の薄い者が入る余地は、ほぼないのだろう。
俺は右手の奴隷紋を眺めた。
「身分社会というのは、なかなか辛いものですね」
俺の呟きに、女騎士は口を開く事もなく、今日もまた奴隷には相応しくない部屋に、光が差し込んでいる。
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